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阿修羅

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これは私の大学時代の話。

私は考古学にすごく興味があった。
仏像にもすごく興味があった。
その二つを勉強できることができると言うことで、奈良にある某大学に入学することを決めたのだ。
京都みたいに大都会ではなく、どちらかと言えば田舎ではあるがすごく落ち着いた場所。
そんな奈良が大好きだった。
大学では考古学サークルに入った。
週末は奈良だけでなく、京都まで足を伸ばして仏像を見て回った。
数ある仏像の中で一番惹かれたのが、興福寺にある「阿修羅像」だった。
戦いの神といわれていながら、あの眉をひそめた物憂げな顔つき。
まるで少年のような手足。
一瞬にして、この阿修羅に心を奪われてしまった。
私は足繁くわざわざ拝観料を払ってまで、興福寺国宝館へ阿修羅像に会いに行っていた。
心の中でだけど、阿修羅にいろんなことを語りかけていた。
それも「君」付けで。そのほうが話しやすく感じたのだ。
大学のこと、友達のこと、バイトの事…。
そしてすっきりしてから「またね」と言って、国宝館を去る。
毎回まるで恋人とお別れするような気持ちになった。

奈良に来てから、私は不思議な体験を時々するようになった。
やはり古都ということもあり、いろいろな念が渦巻いていて、たまたま私がその波動に乗ってしまったのかもしれない。

みんな寝静まって誰も居るはずのない下宿の台所。
ふっと影が横切った気がする。

原付に載ってバイトから帰る際、背後に誰か座っている気がする。
座るスペースなどないはずなのに、だ。
誰かがヘルメットに手を乗せている感じがする。
心臓をバクバクさせながら下宿に戻り、急いでヘルメットを取る。
すると、真夏だと言うのにしっとりとヘルメットが濡れていたりした。

そんなとき、私は思わずつぶやいた。
「阿修羅君…私を守って…」
国宝館にある売店で目に付いた阿修羅像のキーホルダー。
それをお守り代わりに身につけていた。
今までお守りなんか持ったり、神(仏)頼みなんかしたことなかったのだけど。
そしてそういう変な事が起きた時は、なぜかそのキーホルダーに触ると熱く感じた。

あるとき、夢の中に阿修羅が出てきたような気がする。
私に背を向け、異形のものと戦う姿が見えた。
すべてを葬り去った後彼は振り向いた。
夢の中の阿修羅は、三つも顔があり六本も手があるような姿ではなかった。
等身大の…青年の姿だった。
そして優しく腕の中に抱き込んでくれたような気がする。
夢だから、あまりはっきりとは覚えていないのだけど。
朝目が覚めたら、枕を涙でぬらしていた。
すごく心が温かかった。

それ以来、私の身の回りには不思議なことが起こらなくなった。

あの夢は…阿修羅が私に襲いかかろうとしている異界のものを防いでくれている所を見たものだったのだろうか。
もしかしたら夢ではなかったのか。
私がふとした拍子に、空間の歪みに足を入れてしまったのかもしれない。
そして、阿修羅は、もう心配しなくていい、大丈夫だよ。と、私を優しく抱きしめてくれたのかもしれない。

大学を卒業して、私は地元Uターン就職することにした。
奈良を離れる最後の日、私は再び国宝館に足を運んだ。
阿修羅に最後の挨拶、そしてお礼を言うために。
彼はいつもと同じ姿でそこにいた。
そうやって何百年もの間、いろいろな人の悪夢を取り去ったり、異形のものから守ったりしてきたのだろう。
「また、会いに来るね」
そう言って、私はキーホルダーを握り締めた。
温かかった。夢の中で抱きしめてくれた、阿修羅の温かさだった
作品名:阿修羅 作家名:moon