小麦色の肌とスモア
フロリダのセント・ピータースバーグと言うところ。
マイアミほどではないが、ここもかなりの大都市である。
ステイ先の家族は、夫婦と女の子二人男の子一人と言う構成だった。
そして、ミッシーと言うミニチュア・ダックスフントもいた。
春花は、ホストファミリーの一番上の女の子と同じ年だ。
高校2年生。
アメリカで言えば、10年生。
すらりとした体つき、茶色の髪に茶色の目をした女の子だ。
妹と弟は金髪。
でも
「ママも子供の頃は金髪だったらしいけど、そのうち段々と茶色になって行ったんだって」
と言うことらしい。
彼女、ブランディは、どちらかと言うと父親似だった。
ブランディは、偏食のひどい子だった。
ホスト・ママが晩御飯を用意しても、チョコレートミルクを飲むだけとか、冷凍のチキンナゲットをレンジでチンして食べるぐらい。
そうやって育ってきたのだろう。誰も注意する人はいない。
私だったら、きっとお母さんに怒られている…。春花は、この家の放任主義にちょっとびっくりした。
それでもブランディは、病気らしい病気は今までしたことないのだそうだ。
フロリダと言えばやはりビーチ。
毎日のようにランチを食べた後はビーチへと海水浴へと出かける。
宿題も何もないアメリカの夏休み。
うらやましい、と春花は思った。
ここにいるのは2週間だけ。
日本に戻れば、宿題が山のように待っている。
「はぁぁ…」
と、思わずため息を出してしまった。
「どうしたの?退屈?」
ホストママが聞いてくる。
まだ慣れない英語で答える。
「えっと…アメリカの学校、夏休みの宿題ないんですね。いいなと思って」
ホストママはにっこりとして言う。
「春花が日本に帰ったら、ブランディはバイトを始めるの。社会勉強よ。これが彼女の夏休みの宿題」
アメリカでは16才になったらバイトが出来るようになる。と言うか、それが当たり前になる。
自活を教えるため、覚えるためのいい機会なんだそうだ。
フロリダの日差しは強い。
でも、肌の白さが美のステータスのような日本と違い、こちらの人たちはこぞって小麦色の肌を競い合う。
ホストママもブランディも、きれいな小麦色の肌だ。
一応日焼け止めクリームは塗っているようだが、この日差しの中毎日外に出ていたら、いやでも小麦色の肌は出来てしまうのだろう。
春花の肌も、たった二週間のうちにかなりいい色に日焼けしてきていた。
ブランディとビーチボールで遊んだり、妹や弟と砂のお城を作ったり。
浮き輪でプカプカ波間に浮かんでみたり。
片言の英語なのに、彼らは一生懸命理解しようと耳を傾けてくれる。
地元の男の子にナンパされそうにもなった。
ブランディがおどおどしている春花の代わりにお断りをした。
ちょっとイケメンだったから、残念…かな。と春花は心の中で思った。
でも、楽しい時間はすぐに過ぎていく。
明日にはもう帰国…という日になってしまった。
「今日は外でBBQをしよう」
と、ホストパパ。
炭をグリルに放り込み火をつけ、炭全体が赤々となりグリルが熱くなったら準備完了。
パパとママはステーキ。
春花たち子供は、ハンバーガーかホットドッグ。と言う、簡単なもの。
サイドディッシュは、ポテトチップスとコールスロー。そしてソーダ。
日本のように手のこんだものではない。
肉の焼き加減にうるさいと言うことで、BBQはホストパパの仕事だった。
焼き加減、ホストママはウェルダン。
ホストパパ父親はレアもレア。まるで日本で言えば「牛のたたき」みたいな感じのやつだ。これには春花もびっくりした。
そして締めは「スモア」。
焼きマシュマロとチョコレートを2枚のグラハムクラッカーで挟んで作る、アメリカのおやつ。
とんでもない甘さだけど、焼きマシュマロがこんなにおいしいなんて知らなかったと、春花は感動した。
「本当は、キャンプファイヤーでするのがいいんだけどね、住宅地で薪するのは許されてないから」
とブランディが言った。
なので、まだ暖かいグリルの上に串刺しのマシュマロをかざして溶けさせて、スモアを次々と作っていく。
飾り気のないアメリカの家庭。
最高の二週間だった。
お見送りの空港。
春花の心の中は、早く日本に帰りたいという気持ちと、まだずっとここにいたいという気持ち半々だった。
「これ、飛行機の中で食べて」
と、ブランディが手渡してくれた紙袋の中には、マシュマロ、板チョコ、そしてグラハムクラッカーが入っていた。
「ありがとう!」
と、春花はブランディに抱きつく。
「またおいでよ」
と、ブランディが言う。
「うん、絶対来る」
春花の目に涙が浮かんできた。
搭乗時間が始まった。
最後のハグをホストファミリー全員にして、春花はゲートをくぐった。
「メール頂戴ね!」
ブランディが叫ぶ。
春花はもう手を上げてそれに答えるしか出来なかった。涙があふれている。
飛行機の窓から、光るフロリダの海に小さく手を振った。
楽しい思い出をありがとう。
またいつか、きっと戻ってくるよ。
春花を乗せた飛行機は、太陽の光を浴びながら高度をぐんぐんと上げ、遠い空のかなたへと消えていった。