今夜 君とラブソング
「ブルームーン」
24歳の僕はまっすぐ伸びたレールの人生が嫌になり、会社を辞め闇雲に手探りの荒れた生活の中で息をしていた。
アパートの階段横の壊れかけた郵便受けに、半年前に別れた彼女から手紙が届いているのを見つけると、僕はその場で封を切り階段を数段上がった所で座り読んだ。
錆びた鉄の階段はプラスチックの屋根が簡単に取り付けてあるだけで、夏の終わりのような涼しい風が吹き抜けていて気持ちよかった。
白い封筒の中には薄い青色の便箋があり、そこには見慣れた彼女の文字が並んでいた。
しゅうちゃん元気?
突然出て行ってごめんね
もう連絡取らないかと思ったけど 今夜ブルームーンを見て周ちゃんを思い出し 手紙を書くことにしました
一月に二度目の満月をブルームーンと言って、凄く珍しい事だから願いが叶うって教えてくれたよね
今夜がその教えてくれたブルームーンだそうです
周ちゃんのアパートから見た月は今でも覚えています
二人で見ることは出来なかったけど
周ちゃんが夢をつかめるよう願いをかけました
出て行ったのは周ちゃんが「堕ろせ」って言ったからです
安心して下さい
ちゃんと病院であれから堕ろしました
辛かったけど 私一人じゃ無理だしと判断しました
ホント辛かったんだよ
男の周ちゃんじゃわかんないだろうね
それに毎日どこかイラついてる周ちゃんが嫌いでした
夢がナンなのかさえわからないで喘いでる様な姿に
どうしてやることもできない私も悲しくて・・・
きっと目指す何かがわかったらいいね
もう目標見つけて 夢に頑張ってるのかな
今夜のブルームーンに周ちゃんの夢が叶いますよう祈ったよ
もう私のこと忘れた?
面倒な女がいなくなって せいせいしたでしょ?
まだ私も「好き」が少し残ってるのかな・・・
何にもしてあげられなかったけど がんばってください
もう会うこともないだろうと思うけど
周ちゃんをどこかで応援してます
お元気で・・・
最後の文字が涙で滲んでいた。
僕はメンソールのタバコを取り出し火をつけ、その場で一息深く吸い込んで見えない煙を吐き出した。
消印は行った事もない町の名前だった。
住所は書いてなかった。
青い便箋を封筒に入れなおし、ジーンズの後ろポケットから部屋の鍵を取り出すと、蹴れば壊れそうな安物のドアを開けて自分の部屋に帰った。
2DKの安アパートの2階の部屋の中は晩夏の熱気でむっとしていた。すぐ嫌な音がするサッシの窓を全開にした。
それから僕はいつか帰ってきたらと、そのままにしといた彼女の忘れ物を窓から放り出し、もう一度さっきの手紙を寝転んで読み出した。
汚い天井を見てるのに涙が頬を伝い、耳元から下に落ちた。
遠くでまだ生き残ったセミの鳴き声が騒がしく聞こえる。
近くの工場の騒音、路地裏の車の音。
蒸し暑い部屋で僕は「ちくしょ~・・・」と声にならない声で叫んだ。
それから1ヵ月後、僕は小さな会社に入社した。
ありそうでなさそうな昭和の物語でした。。。。。
今夜 ブルームーンが天空に現れます
「blue letter 」・・・ 甲斐バンド
https://www.youtube.com/watch?v=5DaRPTYtxPo
(完)
作品名:今夜 君とラブソング 作家名:海野ごはん