ステファニー・キーツの死(後編)
5
教会へ戻ってきたカフカ神父は、真先にフォースの部屋のドアをノックした。
のんびりしたような返事がして、ドアが開かれ、金色の小さな頭が覗く。
「何だよ、夕飯か?夕飯にしては早いけど」
その問に、カフカ神父は首を横に振る。
「もう一度、貴方の見たという『悪霊』について聞きたくてですね」
その言葉に、10歳の少年には似つかわしくなく、眉間に皺を刻ませる。
「そんなこと言われても、俺ちゃんと見たわけじゃないしな。第一、お前、俺の言ってたこと信じてなかったんじゃねぇの?」
「ええ、それらしい『悪霊』の気配は全く感じられませんでしたからね。ですが……」
「何?」
カフカ神父が一瞬躊躇うのに、促すようにフォースは首を軽く傾げる。
「さっき会ったのですよ、少女の『霊体』にね。もしかしたら、その『霊体』が、フォース、貴方の見た『悪霊』と同じ人物だったかも知れないと思いまして。そうでなければ、誰かの『生霊』とか……」
「『生霊』?何で、『生霊』なんだ?」
フォースの大きな青い瞳がさらに見開かれる。
「いいえ、別に、ただ、その少女の死に方が死に方なもんですから」
「う~ん……」
カフカ神父の言葉を訝しく思いながらも、フォースは考え始める。が、感覚でしか判らぬフォースの答は、考えるまでもなく明らかだった。
「俺には判んねぇよ。でも、お前が言うのなら、どっちかなのかも知れないな。何と言っても、お前はあの馬鹿刑事に比べれば、ちっとはマシな探偵さんだからな」
カフカ神父は微笑む。
「そんなにクルーズ刑事のことを悪く言うものではありませんよ。あの方は、ああ見えて、とても優秀な刑事ですよ」
フォースの眉が中央に寄せられる。
「―――お前さ、あんなにあいつに馬鹿にされるのに、なんつーか、俺がいっつも悪口言っても、すぐに否定するよな。もしかして、マジで気があるとか?」
「………」
カフカ神父は少々複雑な表情をしてみせる。
「そんな風に見えますか?」
「見える。昔、何かあいつとあったのか?」
腹にフォースを抱えたセリーナがこの教会に身を寄せるずっと前から、2人は知り合いであったらしいことをフォースも知っている。それこそ、クルーズ刑事がロスアンゼルス市警に警官として配属されるずっと以前からだ。
が、カフカ神父はその問には答えず、にっこりと笑ったかと思うと、フォースの頭をクシャクシャに撫でた。
自慢の金色の髪をクシャクシャにされ、フォースも眉が吊り上がる。
「な、何すんだよっ!」
「大丈夫ですよ。私は貴方も大好きですからね」
「な、何だよ、それは。俺はそんなこと聞いてねぇだろ?」
「おや、そうでしたか?」
意味ありげに微笑みカフカ神父に、かわされたような気がして、フォースは、ムッ、とする。
そこへ息を切らせながら、フォースの母親であるセリーナがやって来た。
セリーナが息を整えるのを待って、カフカ神父は問いかけた。
「どうしたんですか、セリーナ。貴方が走ってくるなんて」
「い、今、信者の方が教えて下さったのですが、は、犯人が捕まったそうです。今、神父様がお調べになっている連続殺人事件の」
「え?本当ですか?」
セリーナは細い首を縦に振る。
カフカ神父はフォースの小さな身体を押し退け、彼の部屋に入り、ベッドに備え付けになっている小型のテレビのスイッチを入れた。今話題となっている事件のせいか、何処のチャンネルでもニュースをやっており、連続殺人事件犯人逮捕の模様を生中継していた。
クルーズ刑事とバーカス刑事の両脇に挟まれた四十代位の中年の男性の姿が、大写しで画面に映し出されている。気が立っているのか、隣のバーカス刑事に向かって何事か吠え立て、今にも殴りかかりそうなところを、クルーズ刑事に抑え込まれた。どうやらこの中年の男が、ロス市警が逮捕した犯人ということなのだろう。
若い女性のニュースリポーターが伝える。
『男の名前は、エル・ハード。43歳。この男は幼い頃から動物を手にかけ、更に別れた奥さんには何度も虐待を加えていたようで、二ヶ月ほど前までその罪で州刑務所に収監されていたようとのことです。丁度彼が出所した直後から今回の連続殺人事件は始まっており、目下のところ当局では……』
リポーターがまだ犯人についての情報を伝えていたが、カフカ神父はテレビのスイッチを切った。
「な、何だよ。まだ、途中じゃんか」
フォースが口を尖らせて抗議する。しかし、聞いているのか聞いていないのか、カフカ神父は映っていないテレビの画面を見つめたまま押し黙っている。
「でもさ、良かったよな、犯人が捕まって。これで、当分は変な事件も起こらねぇだろうな」
「―――そうでしょうか……?」
「え、何だって?」
フォースはカフカ神父に聞き返す。
「本当に、彼は犯人なんでしょうか?」
フォースが眉を顰める。
「何言ってんだよ、カフカ。今テレビで言ってたじゃねぇか。あのエル何とかって男が犯人だって」
「ええ、確かに、彼は犯人ですよ。テレビで見ても、彼の背後には殺された少女たちの『霊体』が張り付いているのが、はっきり判りましたからね。ですが、一つ足りないのですよ、一つね」
「一つって、何が?」
「決まってます、『霊体』ですよ。一つ『霊体』が足りないのですよ。君にも見えなかったはずですよ。この事件では三人の少女が殺されたはずなんですよ。それなのに、『霊体』が二つしかないのはおかしいじゃありませんか」
「まあ、そう言われればそうだけど、そんなの気にしなくてもいいんじゃねぇの?」
「そういうわけにはいきません。これはとても重要なことです。三人殺したのと二人殺したのでは、かなり違いますよ」
カフカ神父のこの事件の熱の入れ方に呆れたのか、フォースは母親であるセリーナに向かって、お手上げ、という感じで首を竦めてみせた。
「なら、確かめてみればいいだろう。警察に行ってさ」
フォースとしては冗談で言ったつもりであったが、カフカ神父は深く頷いた。
「そうしましょう。ロス市警に行ってクルーズ刑事に確かめてきます」
「お、おい、カフカ!カフカってば!」
フォースが止めるのも聞かずに、カフカ神父は飛び出して行った。
「……ったく、あいつ何考えてるんだろうな、セリーナ」
「………」
自分の息子が自分を呼び捨てにしていることに注意も与えずに、セリーナはカフカ神父が飛び出して行った扉をずっと見つめていた。
「何?犯人に会わせろだって?」
「そうです」
カフカ神父は頷く。
うんざりした様子で、クルーズ刑事はカフカ神父の秀麗な顔を見た。その手には吸いかけのマルボロが握られている。
「お前さ、自分が何言ってんのか判ってんのか?そんなこと出来るわけがねぇだろう。お前は警官でもなければ弁護士でもねぇ。ただの、カトリックの神父だ」
「そこを何とか。私と貴方の仲じゃありませんか」
カフカ神父は両手を合わせて、お願いする。
が、クルーズ刑事は首を横に強く振る。
「駄目だ、駄目。第一、俺とお前がどういう仲だって言うんだよ」
「お友達。そうじゃなければ、恋人同士とか……」
「アホ!」
クルーズ刑事は軽くカフカ神父の頭を小突いた。
「ぼ、暴力は反対です」
教会へ戻ってきたカフカ神父は、真先にフォースの部屋のドアをノックした。
のんびりしたような返事がして、ドアが開かれ、金色の小さな頭が覗く。
「何だよ、夕飯か?夕飯にしては早いけど」
その問に、カフカ神父は首を横に振る。
「もう一度、貴方の見たという『悪霊』について聞きたくてですね」
その言葉に、10歳の少年には似つかわしくなく、眉間に皺を刻ませる。
「そんなこと言われても、俺ちゃんと見たわけじゃないしな。第一、お前、俺の言ってたこと信じてなかったんじゃねぇの?」
「ええ、それらしい『悪霊』の気配は全く感じられませんでしたからね。ですが……」
「何?」
カフカ神父が一瞬躊躇うのに、促すようにフォースは首を軽く傾げる。
「さっき会ったのですよ、少女の『霊体』にね。もしかしたら、その『霊体』が、フォース、貴方の見た『悪霊』と同じ人物だったかも知れないと思いまして。そうでなければ、誰かの『生霊』とか……」
「『生霊』?何で、『生霊』なんだ?」
フォースの大きな青い瞳がさらに見開かれる。
「いいえ、別に、ただ、その少女の死に方が死に方なもんですから」
「う~ん……」
カフカ神父の言葉を訝しく思いながらも、フォースは考え始める。が、感覚でしか判らぬフォースの答は、考えるまでもなく明らかだった。
「俺には判んねぇよ。でも、お前が言うのなら、どっちかなのかも知れないな。何と言っても、お前はあの馬鹿刑事に比べれば、ちっとはマシな探偵さんだからな」
カフカ神父は微笑む。
「そんなにクルーズ刑事のことを悪く言うものではありませんよ。あの方は、ああ見えて、とても優秀な刑事ですよ」
フォースの眉が中央に寄せられる。
「―――お前さ、あんなにあいつに馬鹿にされるのに、なんつーか、俺がいっつも悪口言っても、すぐに否定するよな。もしかして、マジで気があるとか?」
「………」
カフカ神父は少々複雑な表情をしてみせる。
「そんな風に見えますか?」
「見える。昔、何かあいつとあったのか?」
腹にフォースを抱えたセリーナがこの教会に身を寄せるずっと前から、2人は知り合いであったらしいことをフォースも知っている。それこそ、クルーズ刑事がロスアンゼルス市警に警官として配属されるずっと以前からだ。
が、カフカ神父はその問には答えず、にっこりと笑ったかと思うと、フォースの頭をクシャクシャに撫でた。
自慢の金色の髪をクシャクシャにされ、フォースも眉が吊り上がる。
「な、何すんだよっ!」
「大丈夫ですよ。私は貴方も大好きですからね」
「な、何だよ、それは。俺はそんなこと聞いてねぇだろ?」
「おや、そうでしたか?」
意味ありげに微笑みカフカ神父に、かわされたような気がして、フォースは、ムッ、とする。
そこへ息を切らせながら、フォースの母親であるセリーナがやって来た。
セリーナが息を整えるのを待って、カフカ神父は問いかけた。
「どうしたんですか、セリーナ。貴方が走ってくるなんて」
「い、今、信者の方が教えて下さったのですが、は、犯人が捕まったそうです。今、神父様がお調べになっている連続殺人事件の」
「え?本当ですか?」
セリーナは細い首を縦に振る。
カフカ神父はフォースの小さな身体を押し退け、彼の部屋に入り、ベッドに備え付けになっている小型のテレビのスイッチを入れた。今話題となっている事件のせいか、何処のチャンネルでもニュースをやっており、連続殺人事件犯人逮捕の模様を生中継していた。
クルーズ刑事とバーカス刑事の両脇に挟まれた四十代位の中年の男性の姿が、大写しで画面に映し出されている。気が立っているのか、隣のバーカス刑事に向かって何事か吠え立て、今にも殴りかかりそうなところを、クルーズ刑事に抑え込まれた。どうやらこの中年の男が、ロス市警が逮捕した犯人ということなのだろう。
若い女性のニュースリポーターが伝える。
『男の名前は、エル・ハード。43歳。この男は幼い頃から動物を手にかけ、更に別れた奥さんには何度も虐待を加えていたようで、二ヶ月ほど前までその罪で州刑務所に収監されていたようとのことです。丁度彼が出所した直後から今回の連続殺人事件は始まっており、目下のところ当局では……』
リポーターがまだ犯人についての情報を伝えていたが、カフカ神父はテレビのスイッチを切った。
「な、何だよ。まだ、途中じゃんか」
フォースが口を尖らせて抗議する。しかし、聞いているのか聞いていないのか、カフカ神父は映っていないテレビの画面を見つめたまま押し黙っている。
「でもさ、良かったよな、犯人が捕まって。これで、当分は変な事件も起こらねぇだろうな」
「―――そうでしょうか……?」
「え、何だって?」
フォースはカフカ神父に聞き返す。
「本当に、彼は犯人なんでしょうか?」
フォースが眉を顰める。
「何言ってんだよ、カフカ。今テレビで言ってたじゃねぇか。あのエル何とかって男が犯人だって」
「ええ、確かに、彼は犯人ですよ。テレビで見ても、彼の背後には殺された少女たちの『霊体』が張り付いているのが、はっきり判りましたからね。ですが、一つ足りないのですよ、一つね」
「一つって、何が?」
「決まってます、『霊体』ですよ。一つ『霊体』が足りないのですよ。君にも見えなかったはずですよ。この事件では三人の少女が殺されたはずなんですよ。それなのに、『霊体』が二つしかないのはおかしいじゃありませんか」
「まあ、そう言われればそうだけど、そんなの気にしなくてもいいんじゃねぇの?」
「そういうわけにはいきません。これはとても重要なことです。三人殺したのと二人殺したのでは、かなり違いますよ」
カフカ神父のこの事件の熱の入れ方に呆れたのか、フォースは母親であるセリーナに向かって、お手上げ、という感じで首を竦めてみせた。
「なら、確かめてみればいいだろう。警察に行ってさ」
フォースとしては冗談で言ったつもりであったが、カフカ神父は深く頷いた。
「そうしましょう。ロス市警に行ってクルーズ刑事に確かめてきます」
「お、おい、カフカ!カフカってば!」
フォースが止めるのも聞かずに、カフカ神父は飛び出して行った。
「……ったく、あいつ何考えてるんだろうな、セリーナ」
「………」
自分の息子が自分を呼び捨てにしていることに注意も与えずに、セリーナはカフカ神父が飛び出して行った扉をずっと見つめていた。
「何?犯人に会わせろだって?」
「そうです」
カフカ神父は頷く。
うんざりした様子で、クルーズ刑事はカフカ神父の秀麗な顔を見た。その手には吸いかけのマルボロが握られている。
「お前さ、自分が何言ってんのか判ってんのか?そんなこと出来るわけがねぇだろう。お前は警官でもなければ弁護士でもねぇ。ただの、カトリックの神父だ」
「そこを何とか。私と貴方の仲じゃありませんか」
カフカ神父は両手を合わせて、お願いする。
が、クルーズ刑事は首を横に強く振る。
「駄目だ、駄目。第一、俺とお前がどういう仲だって言うんだよ」
「お友達。そうじゃなければ、恋人同士とか……」
「アホ!」
クルーズ刑事は軽くカフカ神父の頭を小突いた。
「ぼ、暴力は反対です」
作品名:ステファニー・キーツの死(後編) 作家名:かいや