少年は月光を眺め
俺はそれが心地よく、わざと音を鳴らして歩いた。
上機嫌なのだが、わざとらしく空を見上げてため息をついた。
(チョコレート、無いかな……)
ポケットを探り、食べかけのそれを見つけ出す。
それをもぐもぐと咀嚼し、空を見上げ。
素晴らしい満月だった。
(……流れ星)
さあ、追手が来る。隠れなきゃ。
俺は身に覚えのない罪(確か反逆罪だったような気がする)に問われ、死刑囚として囚われていた。
しかし。
ある看守が、鍵を開けてくれた。
もうだいぶ爺さんで、みんなから親しみを込めて「じじい」と呼ばれていたような看守。
最後にあいつがかけてくれた言葉は、忘れられない。
お前さんのような若い者が、首を落とされるなんて有り得ない。だから逃げて、ワシの分まで生きろ。
俺はじじいにチョコレートを一枚貰って、急いで逃げてきた。
煌々と月明かりが、ちっぽけな世界を照らす。
どこにゆこうか?
今なら何でも出来る気がした。
まず、家に戻ろう。
俺は走り出す。
「……え?」
目の前の異様な光景に息を呑む。
「…………母さん?」
母さんは、昔と変わらなかった。
痩せ細り、顔色が悪いのを除いて。
ベッドに横たわる母さん。
さっきまで美しく見えた月が、今はこの上なく無慈悲に俺を見つめる。
人形のように動かない。
氷のように冷たい。
呼吸は……すでに無かった。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は叫んだ。
声帯がいかれて、声が裏返って、喉が切れて血を吐いて、それでも叫びつづけた。
嫌だ。嘘だと思いたかった。けれど。
それなら俺が叫んでいる理由がわからない。
死んだんだ。母さんが。
今まで俺を養ってくれた。
今まで優しくしてくれた。
何があっても味方だった。
そんな人は、もう居ないんだ。
自殺願望に駆られる。
部屋に満ち溢れる吐いた血の匂い。
人生で一番、死にたい。
ゆらゆらと、漂うようだった。
あまりのショックを受けたのだろうか。
俺は虚ろに、どこへゆくという宛もなくさまよった。
夜に溶けて、消え去りたい。
俺の心には、そんなどうしようもない感情が溢れていた。
枷に繋がれ、牢屋にいたあの日々がどれだけ幸せだっただろうか。こんなものを見るくらいなら、あの暗い鉄格子の部屋で処刑を待つほうがマシだった。
本当に欲しいものは、直視するまで分からない。
それが身にしみてわかる。
何かに導かれるかのように、しかしゆく宛もなくゆっくり歩いた。
華やかな街明かり。
冷たくなってゆく月明かり。
段々と人の気配も消えてゆく。
足が痛くなって、靴擦れができるまで歩いた。
その末に、たどり着いた答え。
「海」
銀の明かりを反射して、青白く輝いていた。
あたりは、船一つない港。
俺は海に抱かれるように、倒れ込んだ。
(すべて、もうどうでも良いや)
海水に月光が差し込んで綺麗だ。
「もう少し…………見ていたかったな」
それが俺の最期の言葉だった、と思う。