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柴乃 導ヶ士
柴乃 導ヶ士
novelistID. 52201
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蜂の巣アパート

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__ まだ日の昇らぬ枕元、時代遅れの携帯電話の電飾が光る。
12月を前に夢現は深々と混ざり合いまぶたの暗闇に溶けてゆく…
都会から一歩外れた山のその、人気の寄らぬボロアパート
その一室が我が根城であり今私はそこにいる。

台所から漂う温かい飯の匂いにやっと目が覚めた
暗闇に馴染んだ目が襖より差し込む針のような光に目を細め、
だるく絡みつくような体を引き起こしあくびを一つ。
冷たい空気が温い体の芯に入り込む。

「旦那様、お食事ができました」

襖を開け、蛍光灯の逆光を浴びた異様な姿が目に入る。
まるで冬の空気のような静かで澄んだ声
リンと鳴る鈴の音のような穏やかで心地よい声
それとは裏腹な"捕食者"、"化け物"のような姿が。

「…ああ、分かった」

私は知っている、彼女は人間ではない。
姿かたち以前に種族が違うのだ。

彼女はアシナガヒトバチという蜂の亜人、
優れた身体能力を持ち人間と大差ない知能を有する。
その名の通り昆虫である所の鉢の仲間であるが
体の所々が霊長類、ひいては人間に酷似していた。
アシナガヒトバチのオスは人間の男性に
アシナガヒトバチのメスは人間の女性に近い。

「…あの、どうかされました?」
「ん、いや、べつに」

しかし、見た目以上に精神構成が人のそれに近く
喜怒哀楽の感情や社会的協調性に必要な思想を持っている。

私はそれほどできた人間ではないが。

「鳥団子か」
「はい、旦那様の口に合うように味付けしました」
「…美味いな」

彼女はその性質から、料理(餌)である肉を砕いてペーストにし
団子状に固めてから加熱調理を行うのが好きらしい。
強靭な顎を持つ種族ならではというが、これは咀嚼物。
ほのかに昆虫特有の臭いを感じる…が大した問題ではなかった。

なぜこのような朝を迎えているのか、
それは先日の事になるが語るには長過ぎる句である。
いまはこの肉団子にただただ舌鼓し、腹に入れるのみ

「旦那様」
「ん」
「…ふふ、呼んでみただけです」
「そうか」

語呂の少ない会話だがそれなりに楽しいようだ
彼女はにっこりと笑いながらお茶をすすっている。
まるで正妻のように、人であるように…
私は不思議な感情にくすぐられながら箸を進めた。



それから少しの時が過ぎ
時刻は昼を差し掛かろうとしている

「…」

ラジオから聞きなれた歌謡曲がランランと流れ
彼女は触覚をくいくいと音楽に合わせて動かしている
まるでぜんまい仕掛けのおもちゃのようだ。

折り重ねた新聞を置いて、しばしまどろむ私は
このくすんだ窓から空を眺めている。
非現実めいたこの空間こそ求めていた平穏なのだと。
作品名:蜂の巣アパート 作家名:柴乃 導ヶ士