20,D.I.K日記(12月30日)
僕は部屋で一人恵ちゃんの絵を眺めていた。
彼女が僕にだけ、オンタイムで描いてくれた絵。
僕にだけ送ってくれた詩。
僕はまた、窓の外を見た。
恵ちゃんがいた。僕は例の手話を使った。
“こんにちは”
“こんにちは”
“絵ありがとう”
“いいえ。あなたこそ将棋のトルフィーを窓に投げつけた次の日より、また更にいい顔しているわ”
“君と会いたい”
“ここは閉鎖病棟。男子と女子は会えない事になっているでしょ”
“君が好きだ”
“嬉しい。私もだんだんあなたの事がすきになって、今では気が付くといつもあなたの事を考えてるのよ”
“会う方法はないのかなあ”
“会いたいわね”
“ここを退院したら二人で会おう。僕達退院できるかな?”
“できるわよ。二人で退院したらどこか美味しいイタリアンの店にでも行きましょう”
“そうだね。退院したら”
織姫と彦星にしては、ちょっとの触れ方の違いでまるではかないものになってしまう、そんなか弱い若い男女のやり取りだった。
“君と何としても会いたい”
“私も”
“夕食の時、君達一部の人たちが食事をする。一部の人達全員が食堂から退出し、二部の僕達が入る。君が退出したあと、忘れ物があると言って、戻る事ができないか?”
“そんなことしたら…でも閉鎖病棟にいる間は男の人と女の人は会っちゃいけない決まりよ”
“決まりがなんだ。僕は今までの僕と違うんだ”
“分かったわ。上手く行くか分からないけど”
僕は時間まで落ち着きなく部屋の椅子で座ったり立ったりしていた。
夕食の時間になった。
僕はみんなより早めに食堂に行った。いろいろな曲がり角の近くのスペースのある所に彼女がいないか探した。ここでもない。ここでもない。
いた。恵ちゃんだ。非常口の近くの階段の少し上がった所に彼女はいた。
「やっと、会えたね」
僕が言うと、
「やっと会えたわ」
彼女が言った。
「手を出して」
「うん」
僕達は手を握り合った。
そしてお互いを癒す様に抱き合った。
悲しい時を経て、悲しい場所で出会った僕達の抱擁は、自由と悲劇が混在するどこか遠い国の政治の様な不安定なものだった。
「温かい」
彼女が言った。
二人で見つめ合った。
「君の事が好きになってしまった。キスしていい?」
「うん。いいわ」
僕達は誰もいない階段の踊り場でキスをした。
二千年の恋をも超える尊い、本当に尊いまるでバージンロストのような、優しいキスだった。
「秘密だよ」
「秘密よね」
「じゃあ」
「じゃあ」
この日僕は病院のルールを破った。
作品名:20,D.I.K日記(12月30日) 作家名:松橋健一