師走の青い鳥
昼日中、ごろ寝して、ポテチ食いながら、昼ドラみて、独り言言っている巨大な青い鳥。身の丈、150cmほど。
「あー、やっぱ、ポテチは焼き鳥味に限るわ」
「お前、焼き鳥がなんだか、分かってるの?」
「おんやぁー? これは異なこと、味なこと。これは、焼き鳥の味がするだけで、焼き鳥ではありません。雁が、がんもどき喰っても、共食いにはならんでしょ」
「また、屁理屈をこねる」
「あー、冷蔵庫から、チェリーコーク取ってきてくんねぇ?」
背中を向けて、羽でケツを掻きながら言った。
「お前、鳥って、体のどこをいじるにしても、くちばしでやるもんなんじゃねぇの?」
「しょーがねーじゃん。届かねーんだから」
「羽先が器用だねぇ」
「……チェリーコーク、まだ?」
「てめぇで行け。お前が、『幸せの青い鳥』ならサービスのしがいもあるが……」
「けけけ……。お前が勝手に聞き間違ったんだぜぇ。俺は、ちゃんと、『師走の青い鳥』だって、自己紹介したからな」
「お前なんか拾うんじゃなかった。年が明けたら出て行けよ」
今日は、行きつけの定食屋「いこい食堂」で晩飯を食うことになった。
どういう訳か、青い鳥が、俺にバイト代が入ったことを、かぎつけたのだ。
青い鳥を連れて店に入ると、おばちゃんが変な顔をしている。無理もないか。
「あー、こいつ、別に危険じゃないから、飯食わせてやってよ」
「そんなこと言ってんじゃないよ。コーちゃん。食べ物屋に、ペット持ち込んじゃダメでしょ!」
「あー、そりゃ、そうだよね。お前、ペットの分際で、店の中で食おうなんて贅沢なんだよ。ほら、出てった、出てった」
そう言って、追い立てるようにして、店から追い出した。青い鳥が俺を。
ぴしゃりと閉じられた引き戸を、すぐさま、がらりと開けて、
「誰が、ペットじゃー?」
と、俺が吠えた。
すると、おばちゃんは、手を叩いて笑い出した。
「いいね。あんたたち。気に入った。2人とも、中で食べな」
俺たちは席に着いた。
「で、なんにする?」
「生姜焼き定食」
と、俺が言うと、青い鳥が、
「焼きつくね定食」
と言った。
「……お前、『つくね』がなんだか、分かっているのか?」
「わが同朋のミートボールだ。私の視点で深く追及すると、残虐な表現になるが、いかがする?」
「分かっているならいい」
これは、後日、タバコ屋の親父から聞いた話だ。
店先に、いきなり、青い鳥が現れたそうだ。
「キャメルをくれ」
「はいよ」
「そう、この、スィートな中に、ちょっぴりほろ苦いアクセントが、って、これ、キャラメルじゃねえか!」
「あんたには、まだ早い」
「なんだよ。俺、人間の歳に直すと20歳越えてるよ」
「あんた、見た目からして青少年でしょ」
「青ってだけじゃん……」
「いやいや、まだ幼児でしょ」
「なんで?」
「青二才」
「おやじギャグより、商売優先しなよ」
「とにかく核燃料」
「なにそれ?」
「売らん」
「なぁ、コー介、この部屋の中で、タバコ吸っていいか?」
「はぁ? 嫌だよ。俺、喫わないのに」
「窓開けて、窓で喫うから」
「それ、下の階の人からは、灰が落ちてくるって文句言われるし、上の階の人からは、煙が上って来るって文句言われるんだよなぁ」
ここは、4階建てアパートの3階である。
「換気扇の下で喫うから」
「うちの換気扇って、フード付きでなくて、壁に平たく埋め込んであるだけだろう? そんなに効果は期待できないよなぁ」
「そっかぁ」
青い鳥はがっかりしたように、その話題を打ち切った。
夢を見ていた。真夏、西日の当たる部屋は暑い。やがて西日は夕日へと変わるのだが、暑さは、なぜか増していく。我慢できないほどだ?
ここで、ふと思い出す。俺は昼寝をしていた。そして、今は冬。では、この暑さは何だ? 何だ? この、身の危険を感じるほどの暑さは?
ここで、俺は、ガバッと起きた。暑い。夢じゃない。そして、夕日色。違う。炎だ。部屋が火の海だ。俺の周りはまだ燃えていないが、まずいことに、入り口のドア付近が、一番激しく燃えている。これでは、あそこからは、脱出できそうにない。
幸い窓際で寝ていたので、窓には簡単に到達できた。窓を開ける。しかし、ベランダはない。脱出器具なんてなおさらない。飛び降りるには高すぎる。下を見る。たくさんの野次馬がいた。
「助けてくれーーー!」
力の限り叫んでみる。
「コー介―ーー!」
「コーちゃーーーん!」
タバコ屋の親父と定食屋のおばちゃんがいた。そして、
「こここ、こ、こ、コー介―――――!」
お前、実は、鶏だったのか? 青い鳥もいる。
「おい、鳥―――! お前、本当は『幸せの青い鳥』なんだろーーー! 実は、俺の前に現れたのは、このピンチから、俺を救うためで、魔法か、超能力で、ちょちょいと俺を救ってくれるんだろーーー! なぁ、頼むよーーー!」
「コー介―――! お前、なんで、火事になったかとか考えないのかーーー!」
「んなぁ、こたぁ、いいから、助けろ、バカ!」
青い鳥は、1,2秒、下を向いて、固まっていただろうか? 突如、定食屋のおばちゃんの持っていた水の入っていたバケツを奪い取ると、頭から水を被った。
「行ったらー! こんボケー!」
青い鳥は、アパートの1階入り口に突進した。
それからの時間は、短かったのだろうか、長かったのだろうか。青い鳥が、俺の部屋のドアを、ぶち破るようにして突入してきた。
「魔法なんか使えなくてもなぁ、奇跡なんざぁ、自分の羽で掴み取りゃいいのよ!」
「かっこつけやがって!」
「俺の脚につかまれ! 窓から飛ぶぞ!」
「羽ばたくな! 滑空しろ!」
「分かってらぁ!」
「1,2の3!」
俺達は飛んだ。いや、跳んだ。
青い鳥の巨体に、奴の羽は小さすぎる。その上、俺がつかまっているのだ。どれほどの空気抵抗が得られるのかも分からない。
結果、ほんのちょっと滑空して、俺たちは、最前列の野次馬たちの目の前に落ちた。俺は、したたか、尻を打った。その瞬間、俺たちに、バケツ1杯の冷水が浴びせられた。タバコ屋の親父だった。
「鳥さん、ちっと、燃えてたからよ」
「親父、ナイス」
「俺、鳥人間コンテストに出ようかなぁ」
と、青い鳥が言った。
今は、「無理だ」というのは、やめておこう。