火の海に囲まれて
――その王子と姫がいる塔の周りは、火の海が広がっていました。元々、塔の周囲には城と町がありましたが、今は火の海に沈んでいます……。生きている人間は、王子と姫の2人だけです。
そして、赤く染まる空には、何匹ものドラゴンが悠々と飛んでいました。このドラゴンたちが、火の海をつくりあげたのです……。一仕事終えたヤツらは、ニヤニヤと不気味な笑顔を浮かべながら、塔の上にいる2人を見ています。余興として、彼らの結末を見届けることにしたようです。
「ドラゴンどもは、我々が焼け死ぬのを待っているようです」
「もうすぐそこまで、火が迫っていますからね」
逃げ場はもうありませんでした。階段の下から、火がどんどん昇ってきています。じきに昇り終え、この屋上を燃やすことでしょう。
よくある物語なら、ここで奇跡が起きたり、救世主が現れたりするものですが、現実は非情なものです……。小鳥1羽やってきません。
ドラゴンたちは、そんな現実を知っていたので、のんびりと高みの見物を決め込むことができたのです。ときどき鳴き声をあげ、楽しそうに囃したてます。
「姫、どうやらここまでのようです……」
王子は姫に語りかけます。罪悪感と悲壮感で満ち足りた表情です。姫を守れなかったことに対して、負い目と悔しさを感じているのでした。
「あなたとともに死ぬことができるのです。ちっとも悲しくなどありません」
しかし、姫は健気に返事をしました。そのおかげで、王子の心は、いくらか救われたようです。
「……恐れながら、姫」
何かを決心した様子で、王子が口を開きます。
「なんでしょうか?」
「私とキスをしてくださいませんか?」
「……ええ、喜んで」
王子は、この美しい姫とキスをしたことがありませんでした。王子も負けないぐらいの美しさの持ち主でしたが、2人とも律儀に貞操を守っていたのです。けれども、この状況に陥った今となっては、もう守る必要などないと考えたのでしょう。
――そして、2人は互いの唇にキスをします。それはなんとも情熱的な光景でした。ドラゴンたちにも、明るい方向への感受性があるとすれば、感動の涙をいくらか流したことでしょう。
キスを続けながら抱擁する2人。やがて、その幕引きを図るかのごとく、階下からやってきた火が、彼らを包み込みます。その瞬間、ドラゴンが興奮の雄叫びをあげました。
しかし、彼らは身を燃やしながらも、悲鳴を上げずに、キスと抱擁を続けます。たいした愛情です。
しばらくすると、彼らは焦げ付いて1つになれました……。愛し合う王子と姫にとっては、嬉しい結末でしょうね。