遼州戦記 保安隊日乗 7
そう言うとアイシャはそのまま隠れようと奥に移動しようとする。
「やべえ……警察だわ」
要の声が絶望に包まれた。完全に吉田の仕組んだ罠にはめられた。誠はその事実にようやく気がついた。
「説明すれば分かってもらえるんじゃないか? 吉田少佐が行方不明なのは確かなんだから」
「カウラ……だからと言って不法侵入していい理由にはならねえだろ? 」
珍しく要の言うことが正論だったのでそのまま誠は頷くしかなかった。
『警察だ! 侵入している人物に告げる! 直ちに出て来たまえ! 』
インターフォンの向こうからの強い語気に奥に隠れていたアイシャも観念して誠達のところに出て来た。
「これは自首するしか無いわね……」
「まあ吉田少佐は行方不明だ。それに私達は一応彼の同僚。起訴もされないだろうが……」
「小言の一つや二つですめばいいがな」
怒られ慣れしてる要は平然として苦笑いを浮かべるだけ。誠はと言えばすっかり萎縮してただ動悸が止まらないのに焦るばかり。
「行くぞ。コソ泥の濡れ衣はゴメンだからな」
普段通りの要はそのまま諦めたと言うように出口へと向かう。カウラもアイシャも項垂れたまま彼女に続いた。
「神前!置いていくぞ!」
要に見放されれば誠には立場がない。慌てて彼女の後を付ける。そのままがらんどうの玄関ロビーに出た三人は玄関先で厳しい視線を送る三人の警官の前にたどり着いた。
「君達は何者かね?不審者が侵入していると通報があってな……物取りか何かか?」
あまりにあっさりと出て来た要達に拍子抜けしたような調子で巡査部長の階級章を付けた警邏隊員と思われる初老の警察官が尋ねてくる。
「いや……物盗りというわけでは……ちょっと話すと長くなりそうですから署につきあいますよ」
慣れた調子の要の言葉に逆に当惑する警察官。それが要に出来る唯一の強がりだと分かって誠も同じような苦笑いを浮かべるしか無かった。
殺戮機械が思い出に浸るとき 5
保安隊隊長室の椅子に体を沈めていた嵯峨惟基特務大佐が大きなため息をついた。目の前の机には組み立て途中の拳銃の部品が散らかっているのはいつものこと。誠はただそれを見ながら嵯峨の片付けられない性格を思い出して何とか気を楽にしようとしたがそのなんとも悲しそうな瞳を見ると何も考えることが出来ずにただ黙り込んだ。
「あのさあ。俺達の仕事は警察の手に負えない超国家犯罪に対応すると言うのが建前なんだよね……」
嵯峨は気がついたというように拳銃の銃身を手にを伸ばす。誠のとなりでは要がめんどくさそうに大きなあくびをしていた。
「それがだ……警察のお世話になるのが……これで何回目だ? 」
そう言って再び嵯峨は大きくため息をついた。カウラは一人直立不動で正面に立ってじっと嵯峨を見つめている。不満そうな要とアイシャ。いつでも反論してやろうと睨みをきかせる二人になんとか黙っていてくれと祈りながら誠は胃を押さえて立ち尽くしていた。
「特にベルガー……お前さんはこれからしばらく運行部の25人をまとめなきゃならないわけだ……自覚あるの?」
「今回は吉田少佐の策にはまったんです!正面の家に監視を頼むなんて……」
「ばれなきゃ良いってもんじゃないだろ?まあ吉田の野郎の策にハマったのは事実だけどさ……俺にも立場があるんだよ」
泣き言のようないつもの嵯峨の言葉に誠は隣の要の表情をうかがった。口元を緩めていつでも嵯峨に噛み付く準備は出来ているようだった。警察への通報は吉田自身によるものだと分かっているのに、吉田の足取りはさっぱりつかめなかった。その鬱憤を叔父である嵯峨にぶつけて晴らそうという要の表情に誠の胃がきりきり痛む。
誠は黙って隊長の執務机の隣に立つ小柄に過ぎる実働部隊長クバルカ・ラン中佐の表情をうかがった。こちらと言えばあきれ果てたという表情。その多少寝不足のような表情から要とアイシャがいくら騒いでも四人の処分は決まっていることが誠にも察しられた。
「先月の違法法術発動事件の時に散々豊川署の面々を挑発しただろ? おかげですっかり東都警察は俺達を敵扱いだ。今回だって俺に直接本庁まで出て来いって話まで来た」
「応じたのか? 」
「俺達は同盟直属の機関だぞ? これで俺が出て行ったらいつでも俺達は頭を下げると舐められるからな……お前等を買っている親身な中佐殿の土下座外交のおかげでマスコミ対策付きでなんとか話を付けてきたんだ。感謝しろよ……部下思いの中佐殿に」
嵯峨は隣に立つランに目を向ける。ランはただ黙ってカウラの方を眺めるだけだった。おそらくは相当な激しいやりとりがあっただろうと言うことは誠にも想像がつく。
「しかし、オメエ等もついてないな。あのオメエ等を通報したのは東都警察のお偉いさんだそうだ」
「それがどうしたってんだよ!」
待ってましたとばかり叫ぶ要。アイシャはその肩に手を伸ばすと直立不動の姿勢で状況を眺めているカウラに目をやる。
「はいはい、要ちゃんはそこまで。カウラ。とりあえずこの場の反省の言葉……お願いね」
「反省の言葉? 確かに自分達の行動が法に反していたのは事実ですがあくまで私的な行動ですし……その私的な行動にこういった反応をするのはいかがなものかと……」
アイシャがしまったというような表情を作ったのを見て、誠はカウラの性格を読み間違えた自分を責めた。こういうときは正論をぶつけるタイプ。本質的に事なかれ主義の嵯峨の配慮を無視するだろうと言うことは最初からわかっていたはずだった。
「そりゃあ理屈はそうだがね。世の中真っ当な意見が通る事なんてほとんど無いんだから……司法局の上の連中も直接は言わねえが、報告書を送る度にオメエ等の処分はまだかって言葉の終わりにつけやがる」
「処分? うちの内部の話だろ? これもすべて吉田の馬鹿が……」
「黙れ! 西園寺! 」
それまで黙っていたランの激しい言葉にさすがの要も口をつぐんだ。ランの表情は先ほどと変わらず厳しい。再び沈黙が保安隊隊長室を支配する。
「北上川町で住居不法侵入……他の街ならまだしもあそこは止めて欲しかったんだよな……俺の本音を言うとね。でもまあ……お前等も吉田探し……続けたいだろ? 」
嵯峨が不気味な笑みを浮かべた。誠はその舌なめずりでも始めそうな表情を見て明らかに嫌な予感がするのを感じていた。
「吉田少佐殿の捜索……続ける? 」
カウラは嵯峨の言葉の意味が分からずに首をひねった。要とアイシャは大きく頷いた。
「テメー等は二週間の停職だ。分かるな? 」
厳しい表情のランの口から放たれた言葉に誠はただ呆然としていた。停職はさすがに初めてである。当然のことながら謹慎の時もそうだがその間の給料は天引きされる。誠は思い出せば配属以来まともな給料が支給されたことが無い事に気づいた。
「停職? 」
「そう、これで心置きなく探せるだろ? それに来月頭に第二惑星旧資源探査コロニー跡地で演習やるから。それまでに納得できる結論を出せ!それとも自宅でうじうじといじけるか?」
「探します! 」
ランの言葉に食ってかかるアイシャ。要も天井を向いて何か策でも考えているように見えた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 7 作家名:橋本 直