11,D.I.K日記(12月24日)
僕が怒り狂い、将棋のトルフィーを窓に投げつけてから一日が経った。
“ああ、大事なトルフィーが…”
“いいんだよ。あんなもん”
いいんだよ。あんなもん。僕はどうしてそんな言葉を吐いたのか分からない。自分が恐い。同時に自分が嫌になる。SEKAI NO OWARIの4人のメンバーは皆な弱いものの集まりだと言っときながら、自分こそ弱い人間だった。そう思えてくる。僕の中に陰りが出てきた。本来ならば絶望のどん底だ。でも昨日一晩中、割れた窓ガラスから吹き付ける風が、生きた息吹きが、僕をほんの少しだけ強くした。
僕は何が何だかわからない。不安だ。
自分が悪い人間なのかもしれない。
でもただ生きていくしかない。ここでは自殺できるもの、ナイフ、カッター、ロープなどみんな取り上げられているから。それがあったら今頃死んでいただろう。
僕は窓の外を見た。あの女の子が見える。ここからは声が届かないから話しかけられない。僕は着ている衣服をラルフローレンに着替え、髪形を整え、彼女の方を見た。
向こうもこっちに気づいた。
ああ、こっちを見ている。話がしたい。
どうしよう。どうしよう。
その時、僕は何故か自分の特技である手話をしてみようと思った。どういう訳か彼女にだったら通じる。そんな気がした。
“こんにちは”
彼女は微笑み、
“こんにちは”
そう手話で返した。手話が通じるのか。
“どうして手話ができるの?”
“横浜の障碍者のスポーツの施設で手話を学んだの”
“障碍者の施設?”
“私は精神障碍者の面倒を見る仕事をしていたの。でも何故か、今は自分が面倒を見られているわ”
“障碍者の面倒を見る仕事なんて偉いね。立派だよ。僕は塾の数学の講師をしていた。将棋の大会で優勝した”
“すごいわね。頭がいいなんて羨ましいわ”
“でも今の僕はひどいもんだよ。僕はもう人として駄目だ”
“あら、あなた、こないだより今日の方がずっといい顔しているわ。じゃあね。また明日メリークリスマス””メリークリスマス”
彼女はそう手話で伝えて、ニコッと微笑んだ。
どの大人より寛大で、どの子供より清らかな、それはすべての学術より尊い一人の少女の微笑だった。
“あなたこないだより今日の方がずっといい顔しているわ”
彼女のメッセージ。
昨日僕に変化が生じた。
そして彼女が合図をくれた。
彼女が僕にだけ出してくれた優しい合図。
僕の中に熱烈な感情が芽生えた。
まだ生きていけるかもしれない。
作品名:11,D.I.K日記(12月24日) 作家名:松橋健一