10,D.I.K日記(12月23日)
昨晩はほとんど寝てない。
僕が事件をやらかしたからだ。
事の発端は昨日共有スペースでみんなとテレビを見ている時だった。
僕らは有吉ゼミというスペシャル番組を観ていた。そこに出てきた芸能人達は皆神経質な人ばかりだ。僕自身自覚はないが、僕もかなり神経質と思われているらしい。僕は何だか自分の事を言われて、笑いものにされている気がして、共有スペースを離れて部屋にこもった。
それからだった。
「あいつ自分の事だから嫌になったんだ」
「神経質だよなあ。手の洗い方から、順番を割り込みされた時の怒り方とか、あいつおかしいよ」
みんな聞こえない様にこそこそ話しているつもりらしいがちゃんと聞こえている。
「カーテンレールの埃。あいつと一緒だ」
「部屋を綺麗にするあまり友達いなくなっちゃうんじゃないの」
「結婚する相手は絶対苦労しそう」
僕の中で怒りがだんだんこみあげてきた。
ああイライラする。イライラする。
「あいつの神経質は…」
「友達いない…」
僕は怒り狂い、大声を張り上げた。
「何だよ。言いたい事があるなら、はっきり言えよ」
僕の中に野獣が生まれた。
こんなの初めてだ。
僕の大声で釜本が走ってきた。
「どうしたの椎名さん。大声張り上げて」
「こいつらみんな…」
「大声張り上げるとみんなに迷惑がかかります。止めてください」
「僕が悪いのかよ。ああどいつもこいつも。チクショウ」
その時だった。僕は机の上にあった全国オール学生将棋選手権戦の優勝のトルフィーを右手で持ち、それを窓に向けて投げつけた。
2Fだったのでトルフィーは外の芝生に思いきり飛んで行った。
みんな取り乱した僕を見ている。
「チクショウ、チクショウ」
しばらくするとスタッフが外から、トルフィーを拾って持ってきてくれた。
しかしそのトルフィーは外に飛ばされた衝撃で、少し欠けていた。
吉本さんが、
「ああ、大事なトルフィーが…」
そう言ったが、
「いいんだよ。あんなもん」
僕はそう叫んだ。
スタッフが僕やみんなをなだめて、ガラスの破片だけを掃除し、事態はそれで終わった。
12月に窓から外の風が吹きっぱなしじゃ困るし、今からガラス屋に頼めないから、段ボールを窓にくっつけ、それで応急処置とした。皮肉にも僕のベッドは窓側だから、僕の寝ているベッドに向けて段ボールの隙間から風が吹き付けている。
一晩中、僕は風に吹きつけられる羽目になった。
悪いこと一つしたことがない僕が野獣になった。こんなの初めてだ。
僕は悪いことをしでかし、その代償として風にさらされた。
不思議とその風は冷たかったが、心地よくもあった。
眠れないのだが、その罰が不思議と僕には心地よかった。
昔から小さな悪いことをすると父から正座をして説教を受けた。手を一回も上げないモラリストの父は、僕に悪い事の意味を、本質を完璧な理論で2時間も3時間も話すのだ。
その理論は完璧で美しく、まるで三島由紀夫の金閣寺の世界にも似ていた。
今日は違う。
風が、生きた風が、息吹きのように僕に吹き付ける。
院長の言葉に答えられなかった事。
計画の反対は衝動だ。
この日僕の中に、何かが生まれ、
僕に吹きかけた風は、誕生の優しい息吹きと言ってもよかった。
作品名:10,D.I.K日記(12月23日) 作家名:松橋健一