隣人
友達とは何なのだろうか。
親が転勤族だった為に転校が多かった俺は、親友と呼べるような友達をつくってこなかった。仲良くなってもすぐに転校してしまうから。いちいちそんな辛い思い出は作りたくなかったから。それなら親友なんてつくらない方がましだ。俺は幼いながらにそう誓ったのだ。
そんな俺も大学生になり一人暮らしをする事になった。大学の近くの安いアパートだ。引っ越しも済み一段落した俺は、散歩をする事にした。そして、ドアを開けた瞬間
「わっ!?」
顔面に何かがふわりと覆い被さった。そして、呑気な男の声が聞こえてきた。
「わあ、ごめんなさあい」
本気で謝っているような声の感じではなかったが、何故か不快ではなかった。
「タオル、風に飛ばされちった。今日風強いよね」
顔面のタオルを剥ぎ取ってその声の主を見ると、その声の通りに穏やかな顔をした、俺よりも少し背の低い男がいた。
「あ…そうですね」
「あ、もしかして引っ越ししてきた人?午前中引っ越しのトラックが来てたけど」
「あ、はい、そうです」
「敬語なんて使わなくていいよ。お隣同士仲良くしようぜ。あっ俺の名前は藤原 旭」
この男──藤原 旭──はなんとも社交的な男らしい。初対面の俺に、出身地や趣味や彼女の有無まで聞かれた。人付き合いの苦手な俺は、この男の質問に答えるのに一苦労して、一通り返事を終えたときには汗で掌がしっとりと濡れていた。
「えっと、清田…翔くん。……うん、名前で呼んでいい?翔はさ、どこの大学?もしかしてこの近くの谷塚大学?」
「え、うん。そうだけど」
「で、一年でしょ?それで学部は?」「…文学部」
「わ、マジ!?学年も、学部まで一緒じゃん!よろしくな」
「う、うん。よろしく」
「俺さあ、岩手からここに来たばっかりで心細かったんだよね。でも、良かった、友達ができて」
そう言って旭はにっこりと笑った。
──友達。俺には友達という言葉だけが何故か、どこか遠くから聞こえて来るようだった。俺はこいつの友達に相応しいのだろうか。一緒にいていいのだろうか。だけどこの隣人に振り回されてみたくもあった。友達とはなんなのだろうか、こいつといると分かるかも知れない。