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みゅーずりん仮名
みゅーずりん仮名
novelistID. 53432
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『 風景列車 』

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子午線の境界線を探す旅のツアーがあると、昔の友達から連絡を受けたのは一昨日の話であった。最近は、退職後の時間を優雅に過ごすという自分なりのプランも数ヶ月間で達成し、特にやることもないぼんやりとした時間を送っていた私には、興味が湧くツアー名である。

駅に着き、友達の顔を探してキョロキョロしていると、「たかちゃん」と声を掛けられた。
振り返ってみると、なんと昔の友達三人がそこに、学生時代のそのままのような容姿でそこに立っており、彼らはそれを不思議とも感じていない風だったため、私も特段、それについて触れることは無かった。ちーちゃんから切符を渡されたが、駅名が書いてある筈のところに“子午線ツアー”としかなく、私は拍子抜けした気持ちだった。メールの連絡から、てっきり海外旅行かと思っていたからである。実際、金額もなかなかのもので、国内旅行でそのような金額を取られたのなら詐欺なのではないか。しかし、三人はにこにこしながら再会を喜んでいるようでもあり、私はとりあえず参加費用が云々という野暮な話は忘れることにした。「じゃあ、僕たちは別の電車に乗るから」と、他の二人は私達に手を振り、向かい側の列車に乗り込んで行った。

電車に乗ってすぐに眠気が襲い、私はうつらうつらと眠りに入った。急ブレーキか何かなのか、がくん、という衝撃があり、私は目を覚ました。窓の外には、木造の建築物と畑が見え、白い人が歩いている。目を凝らすと、それはズームアップの様に大きくなり、人では無く羊であることを私に告げた。「あれ、羊じゃないか」と、ちーちゃんに聞くと、「あ、ほんとだね」という答えが返ってきた。電車の中には大勢が乗っていたが、乗り込んだ時のように学生の群れは居ず、金髪の外人が数人居たり1人黒人が混じっていたりして、まるで観光バスの客達である。

電車の速度は徐々に上がり、動体視力の衰えが恨めしいほどに外の景色が流れていく。川の流れが激しい時の色合いに似ていると考えていると、「これ、美味しいよ」と、ちーちゃんが私に菓子を差し出した。何か、近況を尋ねようにも、昔のままの姿のちーちゃんに尋ねる訳にもいかず、会話は菓子についての感想に終始した。「今、何してるの」、あまり聞かれたくない事情を察しもせずに、ちーちゃんは無邪気に言った。それは、私が何十年も前に離婚して以来、周りの者は誰も口にしないでくれた禁句であったが、「悠々自適で気楽な生活だよ」と答えておいた。「大変だったんだね」とちーちゃんはまた無邪気な口調で言い、お茶を取り出して飲み始めた。

次の停車駅での停車は長かった。風景を見る限り、海沿いの駅らしく、青くて綺麗な海と白い砂浜が遠くに見えた。「まだ降りないの?」と私は言ったが、特に答えはなかった。黙って海に視線を戻すと、キラッと海から何かが飛び出すのが見えた。私が声を上げるより早く、「おー!」と外人さんが言い、皆一斉に窓の外に目をやった。どうやらイルカの軍団らしく、小船と競争するように飛んでいるらしい。「スゴイネ」と別の外人さんが言うと、窓のすぐ横にイルカが現れ、電車の横をばしばしいいながら飛び去っていった。

驚いたことに、誰も驚いていないようなので、私はカメラをリュックサックの中から探し出し、溜息を付いた。今の写真であれば撮っておくべきだったに違いない。それから、幾つかの駅で私は街を見、自然を見たが、ちーちゃんは一向に降りようとは言ってくれず、私も降りることをためらった。誰も降りない電車は走り続け、その間、私は水族館のツアーに参加した者のようにキョロキョロしていた。

目を開くのに疲れた頃、空は暗くなり始め、外の風景は見えなくなった。黒色の窓に目を凝らすのを諦め、私は配られた弁当を口にした。幕の内弁当で味は良く、外国人の口に合わないかと思われたが彼らも普通にそれを食べていた。ちーちゃんは、割り箸の袋を折り紙の様に折り、空いた弁当箱に入れると私のほうを向き、にぃーっと笑った。「子午線ツアー、面白かった?」と、誰も首を横に振れない雰囲気で尋ねるので、「うん、うん」と私は二度頷いた。ちーちゃんはとても満足したようであり、私はなんとなく面白くなかった様な気持ちになった。

最後に、栞が参加者に参加賞として配られたが、センスの良い藍染めの柄に電気を消すと浮かび上がるという星のシールが貼られたもので、外人さん達はしきりに感心していた。先程のイルカほど、生涯私を驚かせる光景は無いだろうと思い、私はまた写真を取り損ねたことを残念に思った。電車を降りると、他の二人が待っていて、子午線の境界線を見抜いた話で夢中になっていた。私は、そもそもの趣旨を忘れていたが確かに金額ほどのことはある旅行だったと思い、微笑んだ。

思い起こしてみると、この国に現れるはずもない風景ばかりであり、砂漠を歩くラクダを目にする機会はこれまで無かった。それは有名な時間旅行だったのかも知れないと思いつき、私はカメラを取り出した。
忘れていたが、私は子午線を見たのだった。蜘蛛の糸のような、綺麗な線を。

一枚も撮らなかった風景と人は、記憶として残すしかないらしい。特に話す相手もいない私であるので、誘われたのに違いなかったが、
今度からは人の誘いには乗ってみることにしよう、と考えている。