処方された恋
形状は少し独特ですが、私がいわゆる錠剤であることは間違いありません。え?どうして薬の癖に、お喋りができるのかって?確かに……変ですよね。こんな風に語りかけてくる錠剤って……おかしいですよね。そうなんです。それこそが私の悩み――一粒の錠剤でありながらあろうことか「自我を持ってしまった」コト、そして……あの人に……恋をしてしまったこと。
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処方されてすぐに、彼のことが好きになってしまいました。一目惚れでした。
「1錠、お休み前に」
薬剤師のお姉さんから、私の入った紙袋を受け取る彼の顔、青白い渋面で、痛みとか熱とかに耐えて苦しそうなんだけども、どこか優しげな面影があって……年は40代半ばぐらい?ちょっと体調が悪そう――こういう人をチョイ悪オヤジって言うのかな?
彼、マンションに帰ると、ベッドの脇のテーブルの上に私を投げた。「乱暴なことはしないで!」って私、泣きそうな声で言ったけど、彼、聞こえなかったみたい。そのままシャワーを浴びに浴室へ行ってしまった。
水滴が床を叩く音……時々聞こえる彼の咳……そうして私の中で、主成分がどきどきと高揚して行く、音――それはもう「化学変化を起こしてしまうのではないか?」というくらいに激しい高鳴り。
「私……今からあの人に飲み下されるのね」
彼は、私にとって初めての人……でも彼にとっての私は、多分初めての薬剤ではないでしょう。昨日工場から出荷されたばかりのウブな私は、彼との経験の差に、少なからず不安を覚えました――彼、優しくしてくれるだろうか……お水じゃなくて、お茶やスポーツドリンクなんかで、私を飲み下したりしないだろうか……なんて心配をしている癖に私、「ひょっとして彼、今夜私を服用しないつもりじゃないだろうか?」などと、矛盾した焦りを感じてもいるのでした。
キュッ
締まりきったカランが、金属の鳴き声をあげた。水滴の音がフェードアウトしていく……そして、彼の足音がどんどんと、ベッドに近づいてくる。手にはお水の入ったコップ――ああ、いよいよ……
所詮、叶わぬ恋だった。私、錠剤の癖に人間の彼に恋なんかして……無様で愚かだった。でも、これだけは言える。「処方されたのが、彼で良かった」
私の想いは決して、彼に伝わりはしないけれども、私の有効成分はきっと、彼の体に……いや、心に沁み渡っていくと……私、信じています。
「彼が笑顔を取り戻してくれるのなら私、溶けて無くなってしまっても、一向に構わない。それが、私の……錠剤としてこの世に生を受けた私の……意味であり務めなのです。きっと」
パキリ
と、銀紙を押し破り、私の体を剥き出しにする彼。全裸の私を見つめている――すがるような視線。でもどこか不安そうにも見える。彼の熱い熱い指に摘まれて私、既に溶けてしまいそうになっていた。でも我慢した。
「まだ溶けるのは早い。こんなところで有効成分を漏らしてしまったら、きっと彼に軽蔑されてしまう」
錠剤としてのプライドを胸に私は、私を包むカカオ脂で出来た膜が溶けてしまわないよう、ぐっと堪えていた。でも、もう……ああ……お願い……早く……早く私を飲み込んで……あ……ぁあ……とろけそうだよぉ……
彼の指の中で私は、幸せでした。彼の中で溶けていく幸せ。彼と一つになれる喜び。それは悦びでもあり、快樂によって裏打ちされた紛うことなき「至福」でした。今にして思えば、その瞬間こそが私の人生のピークだった。
この後、私の恋は意外な顛末を遂げる。
*****
私を指で摘んだまま、彼はコップの中のお水をぐっと飲み干してしまいました。――え?お水……ええ?
取り残された私の困惑を、想像してみてください。
彼、私をまじまじと見据え、おもむろに四つ這い、手を背後に回す。
私の視界から彼の顔が消え、代わりにモジャモジャ縮れた毛の密集と、無数の皺が渦のようになっている穴。そう――おしりの穴が見えました。
私、座薬でした。