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みゅーずりん仮名
みゅーずりん仮名
novelistID. 53432
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『 営業の男 』

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「本当にいい商品なんですよ。新商品であったとしても」
「うん。それは分かるよ。でも、まだ商品化されて間もないんじゃね」
こいつは馬鹿じゃない、と、営業の男は思った。
実際のところ、商品は来る日も来る日も改良中だったからである。
だが、男の扱ってきた商品100選の中でも、三本の指に入れても良いような商品であることは間違いなかった。

「それに・・・」
と、客は男を頭の先から爪先まで三周ほども見回し、目に哀れみを浮かべて言った。
「君からじゃねぇ」
「そうですか・・・分かりました」
男は、広げたカタログと書類を鞄にしまい、頭を下げた。
「では、次回、別の者が参りますので」

ネクタイが苦しい気がしたので、男は首元に手をやり緩めた。
商品が何であっても関係ない。悔しい気持ちを呑み込んで、空を見上げる。
雲は薄く空全体を覆い、合間に青空だった色が見えている。

やっぱり、年齢のせいかな。
男は頭に手をやり、少しだけ薄くなった生え際を気にした。
相変わらず食いつきはいいが、直前で契約破棄が多くなった。
俺も、営業では名が知れたからな。

名前が知れるというのは、つまりは消費されるということだ。
常にライバル会社が取り扱う商品を横取りし、会社でも鼻つまみ者になることも多くなる。商売だから仕方がないことだとはいえ、尾行をまくのも大変な日々が続いていた。

客からはあしらわれ、会社の若い上層部にやんわりと退職を勧められることにも疲れていた。
若い頃は平気だったのに・・・毎日、色々な商品を売ってきたな。
家族を捨てて、どこかへ行けないだろうか。行けないだろうが。
誠実な営業マンなんていないと、誰もが考えている世の中で、俺だけは誠実だと誰もが考えている。

営業の男は、この間、ニュースで挙げられた顔見知りの営業を思い出した。
不倫の末の愛憎のもつれということにされていたが、実際、あいつはもてたからなぁ。
恐らく、相手の女に逆上されたんだろう。いつも悪いのは、俺達なんだ。

身に覚えのないことで客に訴えられた回数は少ないが、人は他人を捌け口にすることで自分を保っている。
男は、公園のベンチに目をやり、溜息をついた。
体温が下がることを心配するような年代になり、人生に迷っていることに戸惑いを覚えた。

客の見立てが良くなれば良くなるほど、商品が良くなれば良くなるほど、すべてが良くなると思っていたんだ。
しゃべりも見かけも、何の役にも立たなかった。
結論がどん底で、そこから次の契約の印に漕ぎ着けるまでの日々を生きる。

営業の男は知らなかったからである。
男が自分を生かした人生を送ったことを。

未だ死を知らず、営業は今日も笑顔を浮かべる。