それが家門なら
8 射的
(1)
大学に
迎えに行っては
並んで歩き
誘い出しては
昼か夜かは
いっしょに
食べた
助手席の
君のベルトは
必ず僕が
世話焼いて
「奴が来る
先に行ってる
あとの芝居は
1人で頼む」
耳元で
ささやいてから
その場を離れた
若造が
近くにいれば
演技もことさら
熱が入った
言うまでもない
ところが
奴がいなくても
いつ何どき
電話しようが
押しかけようが
呼びつけようが
行き先も言わず
連れ回そうが
決して
馴れ馴れしくもなく
といって
よそよそしくもなく
君は
こっちが
気が抜けるほど
よく出来た
恋人だった
二言目には
いや一言目に
「はい」と言い
掛け値なしに
僕の言葉に
よく従った
芝居中だと
いうことを
忘れてしまいそうなほど
従順すぎて
心外だった
何度目かの
食事に誘って
先約があると
君に初めて
断わられた日
「芝居だからと
舞台の外で
気を抜いてたら
あっという間に
ボロが出る
本物の
恋人らしく
24時間
相手に惚れなきゃ」
いつもの癖で
からかって
無視か
抗議か
どっちで来るか
楽しみにして
待った返事が
「反省しなきゃ」
またやられたと
笑って萎えた
やりこめようと
手ぐすね引いても
柳に風
君はほんとに
受け手の名人
僕の
やることなすことに
異を唱えない
だけじゃない
したい
行きたい
食べたい
買いたい
その他諸々
自分の“たい”を
あるのかないのか
一切言わない
節度か
遠慮か
生まれついての
性分か
おかげで
こっちが
いつも気ままな
独壇場
せめて
性分で
あってほしい
節度や遠慮は
とどのつまりが
僕への気兼ね
僕との芝居に
そこまで律儀に
なることないのに
(2)
僕の
気ままな
独壇場
その極めつけが
真冬の湖畔の
遊園地
人っ子一人
いない的屋で
射的の玉が
命中しないと
ムキになり
大っきな人形
倒してみせる
命中するまで
帰るもんかと
哀れな恋人
道連れに
小一時間は
粘ったろうか
途中あんまり
カッカして
背広もコートも
脱ぎ棄てて
ワイシャツ1つで
腕まくり
たかが射的に
汗までかいた
「負けず嫌いは
ご先祖ゆずり?」
「鎮静剤でも
買って来る?」
「もう4千よ
ぬいぐるみ
何個も買えちゃう」
手持ち無沙汰の
誰かさんは
要所々々で
小憎たらしい
茶々入れながら
帰りたいと
愚痴るでもなく
預けた背広と
コートとマフラー
大きな団子で
膝に抱えて
寒さに震えて
それでも律儀に
右に左に
小首かしげて
僕の空しい投球を
1投残らず
見届けた
スリにスッて
むくれにむくれた
帰り際
「私にやらせて」
君のまさかの
1投は
僕の沽券を
無残に砕く
一発必中
呆気にとられた
おまけに
とどめの一言が
「どうってこと
ないじゃない」
高校時代の
ハンド部主将?
聞いてあきれる
今は音痴の
学者のくせに
それはそうと
他に何か
人を黙らす
特技があるなら
今のうちに
申告してくれ
僕のメンツが
いくつあっても
到底足りない
冗談じゃない
君はケチだと
呆れてたけど
金出した者が
手に入れるのは
世の習い
射的の戦果の
ワン公は
何と言おうと
僕のもの
君になんか
やるもんか
さっさと取り上げ
連れて帰って
部屋の机に
デンと座らせ
名前だけは
しょうがないから
君に因んで
“ビンタ”と命名
つぶれたメンツの
せめてもの
溜飲下げた