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鞠 サトコ
鞠 サトコ
novelistID. 53943
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魔女ジャーニー ~雨と出会いと失成と~ Part.2

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第四節 2.


 部屋の中はまるで魔物の巣窟のごとくに闇に支配されていた。
(誰も、居ないわよね……)
 廊下の奥に視線を向けたまま、そっと靴箱の上のキャンドルに明かりを灯す。
「ごー……、ライト」
 呪文を唱える声は、この静か過ぎる空間ではよく響いた。
 間もなく、キャンドルが動き出した。一本の太いその体から毛糸ほどの細さの手が脚が、80年代の軽快なオルゴールメロディーと共に生えてくる。五ミリほどのところで一旦停止すると、それはホリーに向き直り、小さくお辞儀してきた。
「ご指名、ありがとうございます。ミス・ホリー」
「廊下の先が真っ暗で不気味ですわ」
「見て来いということですね。畏まりました」
 再度お辞儀をされる。ホリーは応援する気持ちで返すと、そのますます小さくなっていくキャンドルを見送った。
 ほんのりと明るくなっていく廊下は、タイルが敷き詰められている。隅には埃の塊が落ち、真ん中には煤がついていた。
(前の住人さんて、ズボラなのかしら……?)
 ホリーは持ってきた荷物の中から手のひらサイズの箒を取り出す。
「ごー、クリーナー」
 すると、箒は勝手に飛び跳ね、そのまま着地。そして柄から倒れた状態になった箒の傍に、燕尾服姿の小男が現れた。
「こんばんは、ミス・ホリー」
 深々と下げられる頭は黒髪豊かで、落ち着きのあるスタイルに整えられている。上げられた顔は端正で、こちらを見上げてくる瞳はホリーの背後斜め上に設けられた照明の光を浴び、コバルトブルーに輝いている。
 しばしじっと鑑賞していると、不思議そうな顔をされてしまった。
「ミス・ホリー、どうかなさいましたか?」
 聞かれて我に返った。自分の頬を触れれば、じんわりと熱い。
 顔は隠しつつ、しかし呼び出した張本人であるゆえ、命令する。
「いえ、何でもありませんわ。それより、この廊下を綺麗にしていただけませんこと?」
 そこで漸く彼は傍らの箒の存在に気付いてくれたらしい。
「あぁ、なるほど。……確かに、この状態ではお嬢様に気持よく通っていただくことは難しそうですね」
 呟きながら、彼は箒を持ち上げ、掃除を始める。
 最初はこふこふと咳き込んでは、スーツポケットから取り出したハンカチーフで口元を抑えていたが、掃除し終えた箇所が増えるにつれ、それもおさまった。
「こんなに綺麗にしていただいて、感謝しますわ」
 小男から受け取った箒を受け取りながら、労いと精一杯の感謝のスマイルのお礼と交換する。
 自分の紫色の爪にキスが落とされると同時、役目を終えた妖精は静かに消えた。
「お嬢様、明かりに火を移してきましたよ」
 廊下の先から、キャンドルが呼んでいる。
「誰も居ませんわね?」
「えぇ、誰もおりませんよ。さぁ、どうぞ此方へ」
 手招きされたホリーは部屋に踏み入るなり、あることに気付く。
「やだ! どうして居るの?!」
 玄関に近い側に立っていたホリー。彼女はセピア色の光のなか、自分の正面に置かれた備え付けの赤いソファーに、|自分以外の誰か(アナザー)の存在を見つけた。
 その人物とは――
「ん? ――あ、お待ちしていましたよ。ホリーさん。これでお目にかかるのは二度目になりますね」
 彼女の悲鳴に反応したらしい彼がこちらを向く。
「ここは私の家ですわよ、ピエールさん。どのようにしてこの部屋まで?」
 この国には秩序もあるにはあるが、現実世界と異なる点に、他人の家に勝手に入っても捕まらないという、何とも有難いような迷惑なようなところがある。
 ピエールはその点を利用したのかもしれない。
 ホリーはドレスのポケットから細い木の枝を取り出し、身構える。
 対する青年貴族は、臆するでもなければ、悪びれもせず、けろっとした顔で言う。
「待ってください、ホリーさん。僕は何も貴方を殺しに来たわけじゃない。マリオット家はそこまで落ちぶれているわけでもありませんしねぇ」
 ゆっくり歩み寄ってくる青年には、後ずさること以外の余地はなさそうだった。
 お腹の前で短剣を突き出すことで、相手との間を取れている状況である。
(いくらあれだけ良くしてもらったとはいえ、いけませんわ)
「強姦なんて……、そんなことをされては、いけ「え!? 今何と?」わ!」
「いけませんわ、そんなこと。いくらなんでも……」
 今のホリーの耳に彼の声は聞こえてはこなかったようだ。
「きいてください、ホリーさん! 僕はそんなことしに来たのではありません」
「へ?」
 それまで手にしていた唯一の武器が、時の刻みを止めるかのごとく、ゆっくりと落ちる。
「へ?じゃないですよ。思い込みもいいところですよ、まったく」
 気づけば壁に手を当てられ、八方塞がりの状態に落ちいていた。
「雨に打たれながら必死に走ってくる貴方を列車の窓より覗いた時から、僕は貴方に恋を寄せていたようなのです」