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鞠 サトコ
鞠 サトコ
novelistID. 53943
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魔女ジャーニー ~雨と出会いと失成と~

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四節 二人の秘密


 
 列車が城下の周囲を一周する頃。
 ホリーはピエールに淹れてもらった紅茶を飲みつつ、新たな話題を提案する。
「あの……、差し支えなければ、旅の目的を伺っても宜しいでしょうかしら」
 相手は窓の向こうに聳える煉瓦造りの古城を見ていたようだった。
(やっぱり、初対面の人にこんなことを聞くのは、よくなかったかしら……?)
 ホリーは自分の幼さゆえの好奇心を責めた。そして、他の話を提供してみようか考え、再度声をかけようと唇をひらく。
 が、こちらの声に反応したらしい彼に振り向かれてしまった。
「旅の目的?」
 そう尋ねる彼の表情は、ホリーの予想とは逆に、明るく、むしろ嬉しげに見えた。
 ので、ホリーはそれまで考えていた他の話題を頭のなかから追い出してみる。
「え? ――えぇ、そう、そうですの。旅の目的ですわ」
 ピエールが立ち上がる。それまで小さく開けられていた窓のうち一枚が下げられ、カーテンも左右双方が重なるように閉められ、ホリーの席の傍の扉も閉じられる。

 すべて閉じられたところで、再び腰をおろしたピエールによっていよいよそれは明かさる。
「それもまた、さっきの話に関わってくるんですけれどね」
 ピエールに指先で合図される。ホリーは彼に片耳を貸した。
「僕はマリオット家に生を置いた兄弟の中で一番下の末っ子です。王族家の信頼を得るためには、立派な剣士になるべく、様々な努力をせねばなりません。一番上の兄上も、二番目に上の兄上も、皆、朝は4時に起きては技の稽古を受けて、夕方はライブラリにこもって読書をするといった、日々の努力を、積み重ねています。旅の目的も、結局はそのうちの一つに過ぎません。さて、それはなにか」
 そこまで話を聴いていたところで、ホリーは彼を振り向いた。
 愉快そうに目を細めるピエールがいた。
「お話の流れからすると……、剣士修行、でしょうか?」
 ウィンクされた。
「そうです、それを今しているのです」
 ピエールの目が窓に向く。閉ざされたカーテンの為に、外の風景は見えない状態であるにもかかわらず。
「この旅が終わる頃には、僕はきっと、偉大なるマリオット家三剣士の一人として数えられるくらいには立派に成長していることでしょうね」
 列車は城下外周から西部エリアへ進む。ループを描くように進んでいた列車は、直線状のレールの上へ移動する為に僅かな揺れを許す。
 ピエールにより、開きかけたカーテンは再度左右が重なるように閉じられる。
 促されるより先に、ホリーは自分の話を始めた。
「目的は、魔女修行ですの。一流の魔女と認められる為には、学生時代にお世話になったサリヴァン先生から課される試験に合格しなければなりません。その試験は、私はまだ受けていないのですが、先輩方から伺うと、どうも容易でないらしく、毎年、受験生6000人のうち合格するのは10人だけなのだそうで」
「6000人が受けて10人だけが受かる……。それは難しそうな試験ですね」
 ピエールの眉の端が下がる。
「えぇ。だからこそ、重要になってくるのが試験前にどれだけの修行を積み重ねてきたか、なのです」
「なるほど。じゃあ、今はその修業の旅の最中、というところなのですね」
「えぇ、そういうことですわ」
 互いの旅の目的を明かし合ったところで、ピエールがカーテンを開いた。
 窓枠いっぱいに広がるのは、異なる高さの建物と、東へ伸びる大きな街道だ。
 ホリーは気付く。
「あら、どうやら私、降りなくてはならないようですわ」
 車掌のアナウンスが伝えてくれたのは、列車がやすらぎ大通り前駅に着いたことであった。
「奇遇なことに、僕もこの駅で降りるのですよ。――途中まで、お荷物、僕が運びます」
 ホームは他の乗客でごった返していた。ホリーははぐれないようにと、自分の荷物を持ってくれているピエールを追いかけた。
 二人は駅を離れ、近くの広場で休息をとる。
 空いていたベンチに腰を下ろす。見上げれば、空は今日も曇っているようだった。
 先に問いをしてきたのはピエールだった。
「僕が思うには、貴方の旅の目的は、それだけじゃないようですが」
 ホリーは、鉛色の天空の中に黄色い風船が飛んでゆくのを眺めながら、その答えを言う。
「やっぱり、わかるのですね。……そうです。私のもうひとつの旅の目的は、実家からの引っ越しです」
 でも、と、呟きかけて、顔をピエールに向ける。
「何故わかるんです? 私、そんなに幼く見えて?」
 ピエールはすぐには答えてくれない上に、笑っているのか怒っているのかハッキリしない顔をしてくるばかりだ。
「何が可笑しいのです? 私の顔に、何かついているのでしょうか?」
「いえ、違います。違うんですけれど……」
 そっぽを向かれた。こうなるともう、相手が落ち着くのを待つ以外に最善の策が見つからない。
「すいません。急に笑ったりなどしてしまって」
「いえ。気にしてませんわ。それで? どうして笑っていたのです?」
「やっぱり気にしてらっしゃる。……やはり、理由は言わないことにします」
「どうしてですの?」
「言えません……」
 その後、ホリーはピエールと別れ、やすらぎ大通りに入っていった。
 人気はなく、店のシャッターは右も左も閉じられている。ホリーは些か孤独を覚えなくもなかった。
 ドレスのポケットから地図を取り出す。そこに、ホリーがこれから住むことになる家にたどり着くまでのルートが描かれていた。
「えーと。言霊使い(シリアルマスターズ)アパートメントの隣の、鏡張りの建物……。って、どこかしら」
 ふと立ち止まってみる。振り向くと、赤い扉の脇にプレートがあるのを見つけた。
「シリアルマスターズ……。ということは、この隣ってことね」
 少し先まで歩くと、ようやくそれと思しき建物に行き着く。
 自分の安心しきった姿が映る。
「あら、私ってば間抜けね」
 建物の中に入ると、そこからはもう極普通のアパートメントの通路だ。
 ホリーはもう一枚のメモを取り出す。
「2646号室。26階にあるのね」
 何の飾り気も無ければ明かり取りの窓も無い通路をまっすぐ進む。間もなくエレベーターホールに出た。
 エレベーターを降りると、正面十数歩ほど先に深紅のドアが見えた。
 ドアの前まで近寄り、番号を確認する。
「2646……。間違いないわ」
 迷わず、鍵を回した。