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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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エイス・G・ゲーム



加藤はその場で垂直に跳んだ。畳の床を軽く蹴っただけなのに、身は軽々と宙に上がり、伸ばした手が展望室の天井に付く。道着の裾をひらめかせてすぐ下に降り立った。猫のように軽やかに見える。

当然だった。古代は今、この広間の重力が極めて低いレベルまで抑えらえれているのを感じ取っていた。体が軽い。プールの水に浸かっているかのように脚に負担を感じない。1Gの重力の下で体を支えるように作られた骨や筋肉にとって、数分の一のGというのはないも同然のものなのだ。

「今この部屋の重力レベルはeighth(エイス)、つまり8分の1Gです」

加藤が言った。古代は外の宇宙に向いて並んでいる窓を見て、つまりあの小展望室と同じなのだろうと思った。舷から半分張り出しているこの部屋では、人工重力を他と離して調節することが可能なのだ――で、今は八分の一だと?

反対側に眼を向けた。内窓にはクルーが押すな押すなとばかり数を増やしてこちらを見ている。

広さ百畳にもなるだろう楕円形の檻状空間。道場として充分な広さがあるのはわかるが、しかし、これで何をするんだ? 重力を弱めたうえでする勝負とは――。

「隊長、ひとつ、今からおれと勝負をしてもらいましょう」加藤が言った。「おれが勝ったら、今後、階級がどうあろうと、航空隊はおれの指揮で動くものとさせてもらいます。隊長もおれの指示に従ってください」

「え?」と言った。「うん、まあ、別に構わないけど」

なんだそんなの、むしろこっちの望むとこじゃん――そんな軽い気持ちだった。だいたいおれは隊長とか指揮官とかイヤだしできるわけないんだもん。勝ち敗けに関係なくそうしてくれよ――そう言いたいくらいだった。

しかし加藤は首を振った。蔑むようにこちらを見て、

「良かないでしょう。そういうのは困るんですよ。自分で言ってなんですがね。じゃああなたは、おれが今『死ね』と言ったらすぐに死んでくれるんですか?」

「え? いや、待って。そんなことは……」

「やはり困るな、それではね。この〈ヤマト〉は軍艦で、今は戦争なんですから。指揮する者に『死ね』と言われたら、ちゃんと死んでくれなきゃいけない」

「そ、そりゃそうだろうけど……」

「ほんとにがんもどきだよな、あんた」加藤は言った。「じゃあこうしましょう。この勝負でおれが勝ったら、命令で、あなたに『死ね』と言うことにします」

「ちょっと待て!」

待たなかった。畳を蹴って加藤は飛び掛ってきて、古代の身を背負い投げた。弱められた重力のために、古代は宙高くに身を舞わされて天井に叩きつけられる。こういうゲームを想定した造りになっているものか、部屋の照明は金網によって守られていた。

古代は床に落ちて転がる。八分の一の重力とは言え、衝撃は決して弱くはなかった。

加藤はその場でヒョイヒョイと跳ねる。まるで子供がバネ付き靴で遊んでいるような具合だった。倒れている古代をよそに、自分だけ低重力に身を慣らそうとしているのか。

「おっと、ルールを言うのを忘れた」と言った。「互いに相手を投げるなり蹴るなりして飛ばし合い、この楕円の端っこの壁に身を叩きつけさせた方が勝ちです。単純でしょ? ただし手足が着くのはセーフ。背中が着いて初めて〈一本〉です。艦首側に隊長の背中が着いたらおれの勝ち。後ろの壁におれが着いたら隊長の勝ち。じゃあ行きますよ」

「何?」

問いには応えなかった。加藤は躍り掛ってきた。

古代の道着の帯を掴んで、カバンでも手に取るように持ち上げる。今はお互い、体重はせいぜい10キロほどしかない。ゆえに可能な業(わざ)だった。陸上競技のハンマー投げのように古代を振り回し、遠心力を与えて宙に投げ飛ばす。

古代は一気に何メートルも飛ばされた。外と内とに窓が並ぶ楕円形の室内には、前と後方の二箇所にだけ狭い壁の面がある。つまり、そこに背が着いたら敗け? この楕円の道場をサッカーコートのように使い、両端の壁をゴールにして互いの体をボールのようにぶつけさせるゲームだと? そんな――。

投げられた古代が落ちたのは、艦首側の壁までほんの一畳という場所だった。弱い重力の中を加藤が飛ぶようにして迫り、古代めがけて蹴りを放ってくる。

『敗けたら死を命じる』だって? 本気なのか? 古代は思った。だが加藤の身のこなしには、なんの迷いもないように見えた。喰らった蹴りに古代はまた宙を舞った。