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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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診断



「大丈夫だと言っとるだろう。ただ古傷が痛むだけだ」

艦橋天辺の艦長室。体の前をはだけさせて沖田は言った。佐渡酒造先生が聴診器をその腹に当ててトントンとやっている。

「何を言うちょる。やっぱり一度、ちゃんと診た方がええ。医務室へ行こう。な、艦長」

「太陽系を出ないうちは、そうも言っていられんよ」

「じゃあサッサと出りゃええじゃろが」

「それもできんな。まだ今は……」

言って窓に眼を向けた。艦長室の風防窓に星の宇宙が広がっている。沖田の眼は天の河の流れをたどっているようだった。〈南の海〉にひときわ明るく銀河系中心部の星の集まる領域があり、さらにたどれば南十字星。少し離れてふたつの星雲、大マゼランと小マゼランが眺められる。地球では南極大陸にでも立つか、ニュージーランドか、南米でもかなり南の方に行かねばよく見ることのできない宇宙だ。

地球人類を救うなら、一刻の猶予すらもない。今すぐにでもこの方向に船の針路を取らねばならない。沖田もそれをよく知っているはずだった。

大マゼランは〈南〉にあるのに、〈ヤマト〉はただ黄道をまわる。グルグルと。艦長である沖田が命じているからだ。

「冥王星か」佐渡は言った。「やはり、やる気でいるんじゃな」

「そうだな、あれは避けては行けんよ」

「しかしどうするつもりなんじゃ? その眼は何か恐ろしいことを考えとるようじゃが……」

「フン」と言った。「この〈ヤマト〉一隻だけで、人類と地球を救わねばならんのだ。鬼にもなるさ」

「それも体あってじゃろうが。あんたの体はもう無茶に耐えられはせん。この佐渡酒造、浴びるほどに飲んでおっても眼はくもっちゃおりませんぞ。あんたの体は宇宙放射線病にやられとる。進行は思ったより早いかもしれん」

「そうか。はっきり言ってくれて助かるよ」

「艦長……」

「どのみちそう長くはないさ。そろそろ動き出すはずだからな」

「何がじゃね?」

応えなかった。ニヤリとした。佐渡の言う〈何か恐ろしいことを考えて〉いる表情とは、今まさに沖田が見せたものであるかもしれなかった。人類を滅亡から救うためなら、鬼でも悪魔にでもなると腹を据えた者。そのような人間にして初めてできる表情だ。佐渡はなおも言葉を続けようとしたが、そこでピーピーと音が鳴った。

携帯艦内通話機だ。ボタンを押して「なんじゃ?」と言った。

応える声が、『急患です。航空隊の古代一尉が、訓練中の事故で失神して担ぎ込まれました』

「ああ、わかった。すぐに行く」

「古代?」と沖田。

「フン、そうじゃ。またあいつか。若さにまかせて無茶な訓練やりおったんじゃろ。戦闘機に乗るやつはそれでいいのかもしれんがな」

「そうだな。若ければ無茶も利くか……」杖を突いて立ち上がった。「すまんな。あんたにはいろいろと面倒をかける」

「そう思うならちっとは自分で医務室に来い」

佐渡はゴンドラで降りていった。沖田はそれを見送って言った。

「考えとくよ」