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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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九ヶ月は早過ぎる



「〈スタンレー〉をこのままで行けば、〈ヤマト〉が帰ってくる頃には人は滅ぼされてるかもしれない。それを考えてみないのか? 青い海だけ戻しても魚なんか還らないし、地にタンポポしか生えないんだぞ!」

「そんな心配をしてもしょうがないだろう! 〈ヤマト〉の任務は一日も早くコスモクリーナーを持ち帰ることだ。子供を救って初めて自然も戻せるんだ。すぐ赤道を越えるべきだ!」

「何が〈赤道を越える〉だ! そんな言葉に酔っ払う前に現実を見ろ。後顧の憂いを断ってこそ外宇宙に出ていけるってもんだろうが!」

「そっちこそ何が〈後顧の憂い〉だ! クルーが死んでも補充できない船で言うことじゃないだろう!」

クルーが数人、通路の真ん中で諍(いさか)っている。人員管理要員としては本来見過ごすべきではない状況だ。しかし森は、横目に見て通り過ぎた。冥王星を攻めるか否かで戦闘部員と航海部員がぶつかり合うのは前からあったことではあるが、ここへ来て激しさを増している。とてもいちいち構っていられず、また治めようもないところまできてしまっているように見えた。

「だいたい、ちゃんと問題がどこにあるかわかってんのか? 首相の石崎(いしざき)なんか〈ヤマト〉が飛んで365日目に地球人類全部が死んで、最後のひとりが自分になるからそれに間に合やいいとでも思ってるようにしか見えないぞ」

「まあ、あれはな。何をどう見てもそうだけどさ」

「だろ?」

「いや、そうだけど、そんな話を持ち出さなくていいだろう」

……やっぱり間に入らなくてよかった。戦闘組と航海組。どちらも想いは一緒であるはずではあった。子供を救い、人類を救う。そして地球の自然を戻す。違っているのは、そのために冥王星に行くか行かぬか、それだけだ。

彼らは皆、わたしが持たないものを持っているのだろうな、と思った。親があり、兄弟があり、友人がいて、結婚して子供を持っているかもしれない。犬や猫を飼っていて、それが仔犬や仔猫を産むのを楽しみにしているのかもしれない。子供の頃に家族旅行や学校の遠足で行った場所の写真を持ち、あの自然を戻さなければと強く考えているのかもしれない。

わたしには、そうしたものは何もない。持っているのは士官としてのキャリアだけだと森は思った。軍に入って懸命に努め、気がついたらこの〈ヤマト〉の船務長の任を負うことになっていた。船の運行管理役のリーダーだ。けれどもどうして、このわたしなのだろう。地球に家族も友もなく、故郷もなければ守るもの、愛するものを何も持っていないと言うのに。

このわたしにも、『帰りを待つ』と言ってくれた者達がいた。けれどもそれはみな沖縄の基地にいて、あの日、ミサイルに殺られてしまった。

だからもう何もない。残っているのは肩に付いた一尉の階級章だけだ。

部下には遅れを取り戻そう、一日も早く帰って人を救おう、そのため船の屋台骨になるのが自分ら船務科員の務めと言ってはいるものの、自分自身はただ己のキャリアを守る、そのためだけに働いているのではないかという気がしてならない。日程に遅れることなく〈ヤマト〉を帰らすことができれば上に評価され、遅れたならば一日ごとにペナルティが加えられる。だからわたしの人事評定、業務成績、それともなんだ、一般企業じゃなんと言うのか知らないが、とにかくただ減点法で採点される自分の成績表の点を落とさないためだけの理由で、船の遅れを取り戻さねばならないのだ、とか……。

まさか、バカらしい。地球のバリキャリ女には、男社会に染まったあげくに本気で心の芯の底まで腐った価値観を持つに至った者も結構いるのだろうが、わたしはそんなところまで狂ってはいないつもりだと森は思った。島にしても太田にしても、ただ地球の政府から押し付けられた日程だから、それを守って九ヶ月で帰ろうなどと愚かなことは考えていない。一緒にいればよくわかる。急がなければならないことを、彼らは胸に深く刻みつけているのだ。

なのにわたしはどうだろう。彼ら以上に肝に命じなければいけない立場だと言うのに。

いや、もちろん、頭ではよく理解している。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに十万人の子供が白血病に侵され、百万人の女が子を産めなくなり、一千万の老人達が倒れるのだと――だから364日と言わず、九ヶ月で戻らねばならない。目標だのノルマだのという話とはまったく違う。しかし心が、だからってなぜあたしがこんな役しなきゃいけないのと言っている。

人類滅亡。それが何よ。あたしはむしろそれを望んで子供時代を送ってきたんじゃないの、と。そうだ。ずっと願ってきた。両親はガミラスが来る前から言っていた。滅亡の日は近いのだ。もうすぐそこまで来ているのだと――それを聞くたび思ったのだ。だったら早く来てよ、と。今すぐ世界を終わらせて、このあたしの苦しみを終わりにしてくれればいい。親達の言う〈神〉が本当にいるのなら、どうしてそうしてくれないのかと。

地球の自然に関しても、両親はなんの関心も持たなかった。教団では草木も花も動物達も、意味のない無駄な命だと教えていた。この世はどうせ焼き尽くされてしまうのだから、環境の保全などは無駄なことです。ペットを飼ったり花を育てたりするような間違ったことにカネや時間を使ってはなりません。それらはすべて悪魔の罠です。あなたの子供がそんなことに関心を持つようならば、懲らしめなければなりません。神は子供を鞭で打てと教えています。手ぬるいことではいけません。許してくれと泣き叫んでも手を止めてはいけません。それも悪魔の罠だからです。あなたが楽園に行ける者なら、あなたの子から悪魔を追い出すためにどれだけ打てばいいか自然にわかるものです。つまり、迷いがあるうちは、懲らしめが足りないということです。わかるようになるまで子を打ちなさい。

古傷がうずいた。あの日、母に包丁で刺し殺されかけたときの傷だ。刃を振るいながら母は叫んだ。手加減したのが間違いだった、懲らしめが足りなかったから、あんたの体から悪魔を追い出せなかったのよ。でも今度は容赦しない。今わかったわ、あたしが楽園に行くためには、あんたという悪魔を倒さねばならないと! 悪魔め! 悪魔め! その体から出ていくがいい!

それでどうなったかと言えば、よくある話だ。母は自分で自分の体を刺して病院行きになってしまった。こちらも腕に何針も縫うケガをしたが、大事に至ることはなかった。母にしてもたいしたことはなかったくせにおおげさに騒ぎ、輸血だけはしないでくれと医者や看護士に泣きすがった。

事が警察沙汰になると、教団は父母を即座に追放した。その後、ふたりがどうなったのか自分は知らない。娘を置いて蒸発し、どこかへ行方不明のままだ。

『子を想わぬ親などひとりもいない』とは、テレビドラマでよく聞くセリフだ。バカらしい。子を想うカルトの親などひとりもいるか。あの親達は『人を救う』と言いながら、己のことしか頭になかった。地球から人も草木も動物もすべて滅び去るのを望み、自分らだけが助かろうとした。そのためになら実の娘も平気で神に捧げられた。