殺人鬼カイの秘密
「隊長!」
カイに呼ばれると隊長は目を開けた。そしてカイの姿を確認すると、顎で部屋に入るように促す。カイは直ぐに部屋に入り隊長の正面に立った。
「遅かったな」
「隊長が早いんだろ……じゃない、すみませんでした」
溜め息をつくと隊長は姿勢を正した。手を組み、カイの目を見つめる。
「報酬の件だが」
部屋の隅に置いてある木箱に視線をやると、カイに微笑んだ。
「あの木箱に入ってる物は全部お前の報酬だ。有難く受け取っておけ」
「全部?」
「お前は今回も部隊一の成果を上げた。お前が未成年じゃなかったらもっと報酬の額は上がるんだが……まあいい。その遂行能力に見合うだけの報酬が用意できないのは申し訳ない。これで満足して欲しい」
「いやこの木箱全部って相当じゃ……」
カイは唾を飲むと木箱を持ち上げようとした。が、木箱は微動だにしないまま一向に床から持ち上がらない。歯を食いしばりながら奮闘するカイに、隊長は吹き出した。
「重いだろう。後で取っ手付きの車輪板を持ってくるからそれで運べ」
「……はい」
赤面したカイは木箱を足元に大事に引き寄せる。隊長は目を細めたが、すぐに真剣な目をして背筋を伸ばした。
「カイ」
拳を握ると隊長は真っ直ぐにカイを見た。そして一気に息を吐き出す。
「お前に特別依頼が要請されている」
カチカチとランプの炎が風を受け点滅する。二人の間の空気が一変して張りつめた。
「依頼人の名は伏せておくが……アンニュ街4号室の家主を暗殺せよとのことだ」
「アンニュ街……ということは第二級貴族ですか?」
「いや、家主自体は貴族ではない……今回、特別と名がついている理由はそこだ」
隊長がソファに腰を掛けなおす。カイは黙ってその言葉の続きを待った。
「家主は元々上層町民であり、定職には就かず独自の能力を活かして生計を立てていたらしい。その能力が少々厄介でな」
「というと?」
「我々と同じ、人殺しだ」
人殺し、とカイは心の中で復唱する。暗殺と言えば聞こえはいいが、所詮自分も人殺しなんだと思うとカイの心境は複雑だった。そしてその人殺しで生活を送っている人が自分達以外にもいることに驚く。
「家主は我々暗殺部隊とは違い、面倒な手続きは無しに依頼日にすぐ遂行することで有名だったらしい。危険な依頼にも愚痴ることなく成功を上げ続け、とうとう先日その能力が第一級貴族に見つかった」
「第一級貴族……」
「知ってるとは思うが、第一級ともなると皆腹の中に何かしら黒いモノを抱えてるような身分だ。それを自分の手を汚すことなく片付けてくれる人がいたら……重宝されるだろうな」
隊長は目を伏せると足先で床の割れ目をなぞった。そして顔を上げ宙を睨む。
「それで家主は町民の中では異例だが、第二級貴族への格上げが決まったそうだ。しかしそれもごく最近のことだが」
「そんな家主を暗殺しても大丈夫なんですか」
「大丈夫なわけがないだろう」
カイは苦しげな隊長から目を離すことが出来なかった。こんな無茶な依頼をしてくる人物とは一体誰なのだろうと考え込む。
「確かに大丈夫ではないが……その場合の保障と責任は全て依頼人が負うと契約してくれた。報酬はカイ、その木箱の五倍はあるだろう」
「しかし何でそんな大変な依頼を俺に」
「お前は未成年だからだ」
隊長がピシャリと言い放つ。カイは息を飲んだ。
「未成年だと最悪の場合でも処刑されることはない。無知で純粋無垢なように振る舞えば見逃してくれることもあるだろう。それに半端な隊員だと殺す前に殺されるだろうからな」
「……要するに俺は好都合な捨て駒ってことですか」
「お前しかいないんだ」
隊長の目は嘘や動揺を見抜く力がある。カイは一瞬保身に揺らいだが、それを追い払い自分自身を奮い立たせた。暗殺部隊で生きていくには、この依頼を受けるしかないのだと。成功への不安、それでいて湧き上がる自信を持ちながらカイは口を開いた。
「キャンディッド・カイ、確かに特別依頼を受領いたしました」
「……うむ」
隊長は立ち上がり、即座にカイの顔を覗き込んだかと思うと、その大きな両腕でカイを包み込んだ。
「わっ!?」
「すまない。助かる」
カイが暴れ出す前に隊長は両腕を離すと、ドアの前に歩み寄りこう言った。
「今日はテントに戻って一日ゆっくり過ごすといい。依頼日まであと三日ある。遂行計画は綿密に練っておけ。それと」
茫然と立ち尽くすカイを振り返り、小声になる。
「この特別依頼のことを他の隊員に話すな。以上だ」
隊長は木箱を運ぶための車輪版を取りに行く、と部屋から出ると、そのまま店を通り大通りに歩いていった。ひとり部屋の中に取り残されたカイはその場にしゃがみ込み、木箱を撫でる。薄汚い木箱からは香辛料の匂いがした。そのままカイは腕に顔を突っ伏すと、ぽつんと言葉を漏らす。
「俺、いつまで生きていられるのかな……」
暗殺部隊の中には依頼成功の恨みで殺された隊員が何人もいる。その何人かに将来自分も含まれるようになるのではないかとカイは誰にも言えなかった。
そして現在、その答えは誰も知らない。