『 時間鬼 』
俺は壁の時計と腕時計の時間を確かめ、テレビを付けた。
どの時計も同じ時間だ。今日も一日、健やかに清く正しく生きることの出来るよう伸びをして、家を出た。
時間鬼、は俺の子供時代からある真剣な遊びだ。
皆、顔を見ると逃げ出す。鬼に、鬼を移されないように気をつけていた俺もついに鬼になった。
すぐに移すのはもったいないが、いつまでも鬼も嫌だし、時間鬼という遊びが消滅し、最後の鬼になるのは困る。
軽自動車はエコカーで、細かい道でも軽く走ることが出来る。
ショートカットで会社の駐車場へ滑り込み、自動扉をすり抜けた。
会社の時計と腕時計の時差は、約10分。
この10分で俺は、一日中、逃げられることになる。
「あ、すいません」と、俺の体ぎりぎりの位置を通る女子をよけると、背中が誰かに当たった。同じ課の高橋くんだった。彼は、にやーと笑って自分の腕時計を指差し、唇を指差した。俺は首を振り、急いで席へ戻る。まだ、移すわけにはいかない。
エレベータに乗ると、部長とその他2名がちらりとこちらを見た。
俺は、ぺこりと会釈をし、階数表示を見上げる。点を過ぎ、ドアが開いた。
降りてから、部長が一緒に降りなかったことに気付いて振り向いたが、もうドアは閉まり壁のようになっていた。
それから、強いことは正しいことではない、と俺は考えた。
仕事はいつも通り済み、会社を出る時に時計を見ると、時差は19分になっていた。
意味もなく、時間鬼は鬼のままで一日を終え、帰路についた。
時差は自宅に着くと、無くなっており、俺は溜息をついた。
時間は相対的なものじゃなくて、絶対的なものであるべきだ。
ドアを開ければ、誰か次の鬼になるべき候補が見つかるかもしれない。
俺の時間は、絶対的なものになるんだ。