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夢と少女と旅日記 第8話-2

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 それからしばらく声を掛けたり肩を揺さぶったりしても、ネルさんはなかなか正気になりませんでしたわ。「しっかりしてくださいませ」とわたくしが何度か言って、少しずつですが、こちらの方に目を向けてくださるようになりましたの。
「しっかりしてくださいませ、わたくしのことが分かりませんの!?」
「…………お母さん」
「いえ、ですから――」
 わたくしはお母さんではありませんわ。そう言おうと思いましたけれど、ネルさんを安心させるためには認めるしかありませんでしたわ。
「もう大丈夫よ。お母さんが付いてるから安心なさい、ネル」
 わたくしはそう言って、ネルさんの肩を抱きましたの。その肩は震えていましたけれど、それも徐々に治まっていきましたわ。
「……はっ、い、今のは別にローラさんのことをお母さんと言ったわけじゃなくて、ついなんとなく昔のことを思い出してしまっただけで。ごめんなさい、ちょっと呆けていただけです。もう大丈夫ですから」
 けれど、「もう大丈夫ですから」という声が僅かに震えていたのをわたくしは聞き逃しませんでしたわ。意識は戻ったものの、まだ本調子ではないという感じでしたわね。
「みんなそれぞれ何か抱えているものですから、どんな過去があるのかは深く詮索致しませんけれど、とにかく無理はしないで結構ですわ」
「別に無理なんて、……いえ、そうですね。私、最近何か変なのかもしれません。髭の生えた男の人にも慣れてきたはずだったんですけどね」
 なるほど、その言葉でなんとなく察しはつきましたわ。おそらく髭の生えた男(――おそらくお父さん)に虐待されていた過去でもあるのでしょう。それで家出でもしたか、家族の身に何かあったかして、今は旅商人をしていると、そういうわけでしたのね。
「ネルさん……、そう言えば私、一方的に自分の事情を言っただけで、ネルさんのこと何も知らないんですね……」
「別にエメラルドさんに心配されるほど、落ちぶれてはいませんよ。大丈夫です。私が私であることに変わりはありませんから。
 それよりも今はチャンスですよ。喫茶店にいた人たちに証言していただければ、ドリームバスターズの信頼を落とすことも可能でしょう。そうなれば――」
「今日のところはやめておきましょう。それは別に明日以降でもできることですわ」
「ロ、ローラさん!? でも、今やらないと――」
「わたくしたちが何もしなくても、あれだけ目撃者がいれば問題ありませんわ。むしろ噂が広まった頃くらいを見計らった方が効果的かもしれませんし。
 いえ、思えば、わたくしたちは少し焦り過ぎていたのかもしれませんわ。少なくとも、わたくしたちの想定では、突然襲撃されることまでは考えていませんでしたわ。それはわたくしたちが事を急ぎ過ぎて、周りが見えていなかったからではありませんの?
 ここは一旦、冷静になることも必要かもしれませんわ。今日のところは解散して、頭を冷やし直しましょう」
 わたくしは喋りながらロジックを組み立てていきましたわ。……これは別に本心ではありませんわね。ただ、ネルさんには少し休息が必要だと思いましたの。
「でも――」と言いかけて、それでもネルさんは納得してくださいましたわ。その代わり、明日からはちゃんと活動を再開することを条件にしてですけれど。
 ……でも、わたくしは明日まで待つ気なんてありませんわ。今の時刻は18時ですわね。ルビーさんももう準備はできているようですわね。そろそろ動き出すと致しましょう。
 安心なさい、ネル。必ずお母さんがなんとかして差し上げますわ。