漂流の天使 クリオネちゃん:1
天災の日、こうなる未来を危惧して航海術の本を持ってきた者がおり、
ジャックは彼から本を借りて読破している。
ルーイはいわずもがな、釣り当番なので誰よりも釣りがうまい。
そして二人とも若く、体力がある。条件を満たしている。
それを二人に伝えると、ジャックの方は不安になってはいたが
島の存続がかかっているとなると、指名された重みを背負うほかない。
そうして、二人は翌朝。クリオネちゃんと一緒に
お粗末な小舟で出航するのだった。
天気の良い航海日和。風は順調に吹いて小舟を動かす。
キューメイン島も見えなくなった頃、
聞こえてくるのは波の音とクリオネちゃんのいびきくらいだ。
『クリオネちゃ~~~ん、クリオネちゃ~~~ん』
『・・・見ろよ。寝てんだぜ、コレ』
『寝ても連呼するなんて、相当自分の名前が好きなんだねっ』
『っていうか、寝過ぎじゃないのか?』
クリオネちゃんは昨夜、というかまだ夜にもならない4時頃に眠った。
そして7時の今に至るまでに数分起きていた程度で、もう15時間は寝ている。
呆れて見ていたが、クリオネちゃんはキューメイン島民の希望だ。
人より多く寝ていても、育ち盛りだからという理由で片づけて、対して追及はしなかった。
その起きていた数分の間に、クリオネちゃんは進むべき方向を示唆したのだが
海に出て30分くらいして、ジャックは嫌な予感がしてきた。
寝てる状態で流されてきた彼女が、自宅の方角を正確に示せるのか?
もしかして、寝ぼけて適当に言ったのではないだろうか。
万が一、実際と反対方向だとかいう事になれば、1年や2年の航海で終わる自信がない。
ルーイが釣りで食糧を繋いでおけるのにも限度がある。
自分たちはどこに向かっているのだろう。それが頭の中で何度も響いて
ジャックはいつの間にか、方向感覚が狂ってきてしまった。
『・・・弱音吐きたくなってきた』
『神聖な船の上で吐いていいのはゲロだけだよ!』
『神聖なところでゲロとか言うな』
というよりも、女子がゲロとか言うな。
ジャックはなんとなく、そんなマイペースなルーイに励まされた気がしたが
そんな生ぬるい気持ちは、すぐに打ち砕かれることになる。
船が突然揺れ始めたのだ。海面下には、大きな魚影。
小舟の正面から顔を出したのは、いかにも凶暴な魚。
驚きながらも、魚に詳しいルーイは丁寧に説明する。
『わわっ、『デストロイ・ギガンティスウオ』!!』
『なんだよその初っ端からエラい迫力のある名前の魚はよ!?』
『サメより凶暴で、クジラよりタフな新種だよ!私たち死ぬかも!』
『早すぎるだろッ!?』
デストロイ・ギガンティスウオ(長いので以下からデスギガウオ)は、
空に向かって咆哮する。恐ろしく鋭いキバを光らせ、小舟に向かって突進してくる。
出航して僅か1時間で走馬灯を見るとか思っていなかったジャックは
目の前が真っ白になっていく間隔がしたが、実際、なったのは真っ赤だった。
噛みちぎられ、噛みくだかれ、もう死んだと思ったが、違った。
真っ赤に染めたのは、デスギガウオの血だった。
低く唸りながら痙攣し、力なく水面に浮いている。
何が起きたのか一瞬分からなかったが、誰がやったのかはすぐに分かった。
だが、信じ難かった。デスギガウオに突き刺さっている
一本銛のように鋭い何かが・・・クリオネちゃんの頭から生えている事など。
『わあああああッ!!?』
『きゃあああ!!!な、何!?何!?』
6本もある触手のような長いそれは、デスギガウオをがんじがらめにしている。
目測5メートルはあろうデスギガウオの体は触手によって持ち上げられ、
水滴と血を滴らせながら、クリオネちゃんの目前まで運ばれる。
彼女は、初めて寝顔と真顔以外の表情を見せた。
『おなかすいた』
それはそれは子供らしい笑みを浮かべ、
大柄なデスギガウオを触手で器用に解体していく。
恐怖で顔が引きつった二名のことなど目もくれず、
艶めかしく鼓動する触手で、デスギガウオを喰らっている。
キューメイン島に現れ、彼等を新たな地へと導くそれは天使か悪魔か、
少なくとも、ルーイが毎日希望を抱いた末に出会った彼女は
人ですらなかった。それだけは確実なことだった。
『・・・柚子胡椒が合いそう』
作品名:漂流の天使 クリオネちゃん:1 作家名:ねぎとろまき