似ている二人
ビルとビルの狭間。大通りの光が微かに注ぎ込む裏道で、俺はあいつに出会った。
鉄の匂いが充満していて、微かな光で見えた赤は思っていたより黒くって、生気がないって言うのはああいうのを言うのだろうと実感した。
こと切れた人間、もとい死体はあいつの前に倒れていた。
「――見た？」
あいつの言葉に俺は頷いた。
「見た」
冷静を装って、いや実際俺は冷静で、殺人現場に立っていると言うのに感情が爆発したり、怖くなったりなどはしなかった。
俺はただ首を傾げ、あいつの目の前に倒れているを指差した。
「死んでんの？」
「ああ、死んでる。俺が殺した」
手に持っているナイフは確かに血塗られていて、そこからまだ赤黒い血が垂れている。それなのにあいつは一滴も返り血を浴びていないから不思議だ。
俺は確認するためにもあいつの横を取って、死体の近くまで血を踏まないように近づいた。
しゃがみ込み、死体の腕を取る。
脈はない。
俺は途端にその死体、いや物から興味が無くなった。死んだ物には脈はない。死んだ物は心臓が動いてない。
「――俺の事、通報すんの？」
見るからに不健康そうな物を目の前にして俺は首を横に振った。
「俺とお前は『同類』だろ？」
出会った時から、いやこいつを一目学校で見た時から感じていた不自然と言うか、違和感がやっと俺には理解できた。
だから俺は、
「通報なんてするわけないだろ」
類は友を呼ぶ、と言うのだろうか。
「『僕はお前を愛しているばかりじゃない、ほんとうを云えばお前を崇拝しているのだよ。お前は僕の宝物だ』」
表紙に女性が書かれている本の一節。それを朗読するあいつにつられる俺は顔を上げた。
「最初の方だな。結婚してすぐぐらいだ」
昼休みの図書館。人はまばらで、俺とこいつ以外に勉強に来ている学生なんていない。まあ、こいつも勉強をしているのに換算していいかはわからないが。
そんな勉強をしているか否かがわからないそいつは本（俺の本）で口元を隠してはいるが俺に笑みを見せていた。
「どんだけこの本、熟読してんだよ」
「単に好きなだけだ」
そう言って俺は再び勉強をするために視線を下げた。たぶんページをめくる音が聞こえて来たからあいつは勉強する気はなさそうだ。
「この男みたいなことがしてみたいとか？」
「馬になったり、奴隷になったりか？ 御免蒙るな」
「そっちじゃねーよ」
こいつが何を言いたいかはわかっている。でも俺はそんなドが付くぐらいのマゾヒストではない。普通のノーマルな人間だ。こいつとは違って、見た目は一般人だ。むしろ何故こいつと付き合ってるのか謎に思われるぐらいだ。
俺が一般人なら、こいつは不良。勉強はしない、何故学校にいるのか謎、人を殴って楽しんでそう（実際は人殺しまでいってるんだがな）
「俺はお前と違って手首フェチって言えば触らせてくれるからな。その男みたいなことはしなくていい」
むしろまだ高校生の俺にそこまで豪遊できる財産はない。
「俺だって、ただ想像するだけで楽しいからいいんだよ」
結局現状維持が一番楽で、双方が楽しめる、と言うことなのだろう。
俺に振ってくる議題が無くなったのかあいつはまた静かにページをめくり始めた。
「――相変わらず珍しい組み合わせだね」
女子の声。確か同じクラスの――
「そうか？」
あいつはそう言いながらも俺の本の表紙を下に本を閉じた。背表紙は手で隠しているあたり抜け目がないと思う。
「そうだよ」
珍しい組み合わせ。最近はよくこいつと一緒にいるのだから珍しいも何もないと思うのだが。
いやそれより今はこの女子だ。はっきり言って癇に障った。たぶんこいつもそうかもしれない。俺とこいつ。いくつか共通点はあるがそのうちの一つが怒りを隠すことに長けている点だ。
「また痩せたんじゃない？」
俺は人当たりの良い笑顔を浮かべながらもそう問うと女子も笑顔を返してきた。
「あ、わかる？ やっとダイエットに成功したの」
腕や、足、腰、顔、すべてが細くなり一般的に言う男子の好みにはなってきているのだろうが、どうやって立っているのか疑問に思うぐらい全体的に細いのだ。
この女が学校全体の男子人気上位に組み込むのだから不思議だ。
「――おーい、直ちゃん！」
女子は自分の名を呼ぶ声に振り返るとすぐにそっちの方向に向かって手を上げた。視線の先にいるのはたぶんこの女子の友達か何かだろう。
「ごめんね。私、もう行くね」
媚を売るだけ売って去って行く女子に俺は人の良い笑みを浮かべながらも軽く手を振った。
「――気に入らないな」
途中から一言も発していなかったあいつが不意にその言葉を言った。気に入らない、何が気に入らないかわかっている。
「同意見だ」
俺は振っていた手を下ろした。
「『女の顔は男の憎しみがかかればかかる程美しくなるのを知りました』って言ってたがどう思う？」
あいつがさっきまで読んでいた本の男が喧嘩別れをしたヒロインを思い出し言った言葉。
俺の問いにあいつは笑った。
「それは実感してんだろ。俺もお前も」
消えて行く鼓動。
人は誰でも生きているうちは心臓が動く。その鼓動は死が来ない限り普遍で、美しいと思う。
ただ、その鼓動を縮めようと思う輩は気に入らない。許されるべき行為ではない。
そのイライラは毎日のように積っていて耐えられない毎日だった。でも、そんな時あいつと出会った。
「――今日も終了だ」
毎回、毎回、違うナイフを使うあいつはそのナイフについた血を月光に照らして見ていた。
「不健康その物だな」
血フェチは語る。
「ああ、気に入らねぇ」
今すぐにでもその血から離れたいのだろうが凶器は然るべき方法でこいつはちゃんと始末している。
俺は不機嫌なこいつを横目に今回の物へと近づいた。
「死んで少しはマシになったんじゃない？」
もうこの女子の心臓は動いてない。
「直ちゃん」
憎しみに顔をゆがめた『直ちゃん』に俺は笑顔を向けた。
鼓動フェチと血フェチ。まさに類は友を呼ぶ、ではないか。