夢と少女と旅日記 第7話-3
アイトと名乗った男の人に案内され、妹の部屋だというところにやってきました。その部屋にあったのはタンスに本棚、それから押入れにベッド。ベッドの上には熊や猫などのぬいぐるみがありました。どこにでもある普通の女の子の部屋だという感じがしました。
私も昔はこんな部屋に住んでいたっけ。などと感傷に浸ってしまいました。何故でしょうね。今更あの頃のことをこんなにも思い出してしまうのは。
今はそんなこと考えている場合じゃない。私は気を取り直して、ベッドの方をもう一度見てみましたが、そこには誰もいないようでした。
「おかしいな。さっきまでそこで寝込んでたはずなんだけど。トイレかな。多分家の中にはいると思います」
アイトさんはそう言って、妹を探しに行こうとしましたが、夢魔と対峙する前に話を聞いておいた方がいいと思い、訊ねました。
「妹さんはいつからご病気なんですか?」
「まあ、元々身体は弱かったけど、ずっと家で寝込むようになったのは2年くらい前からかな。その間、いろんな医者に診てもらって、いろんな薬を試したよ。
でも、どれも延命の効果しかなかった。だから、あなたの言う万病に効く薬も無駄だと思うけど、少しでも苦しまずに済むなら試してみる価値はあるかな」
「そんなに重い病気なんですか。でも、私の薬ならきっと効果がありますよ」
実際には、その病気で命を落としていることを私は知っているから、自分で言ってて白々しいなと思いました。そもそも私はいろんな薬を見てきましたが、万病に効く薬なんて、もしあったとしても嘘だと思っています。本当にあるなら、私の嘘吐き病を治してもらいたいものです。
「でも、大変ですね。その間、妹さんの看病をずっと続けてるんですよね」とエメラルドさんが言いました。
「大変だと思ったことはないな。たったひとりの大事な妹だから」
「じゃあ、このままずっと看病を続けるつもりなんですか?」
「どういう意味だよ?」
エメラルドさんは、このままずっと夢の世界に囚われていていいのかと訊きたかったのでしょうけど、多分それは失言だったのでしょう。
「一体なんでそんなことまで気にするんだ。……いや、やっぱりそもそもおかしいんだ。この家にはずっと人なんて訪ねてこなかった。うちには病気の妹がいて、学校の連中だって心配してるはずなのに。
そして、俺もこの家から出ようとは思わないし、出なくても生活ができている。こんなことは普通じゃあり得ない。……あんたら、本当に旅商人なのか?」
アイトさんの言葉と視線が私たちに鋭く突き刺さりました。でも、不思議に思うのは当然のことです。今までのエターナルドリーマーでも、夢の世界の不審さに気付く人はいました。気付いた理由が夢魔の支配が弱いからなのか、その人が特別鋭いのかは分かりませんが。
「ただの美少女旅商人なのは本当なんですけどね。……いいでしょう、本当のことをお話します。その上で、今後どうするのかはあなたに判断してもらいたいと思います」
そうして、私はアイトさんの妹さんが現実世界では既に死亡していて、ここは夢魔が支配する夢の世界であることを説明しました。そして、私が夢魔を倒すために戦っていることも。アイトさんは納得したような表情で言いました。
「なるほどな。全部合点がいったよ。ニムはもう、この世にはいないのか……」
「ご愁傷様です。でも、だからこそ悲しんでいるだけじゃ駄目だと思うんです。亡くなられた妹さんのためにも、現実世界で頑張って生きないといけないです」
「それにあなたが夢の世界を拒否してくれれば、夢魔の支配も弱まるはずなんです。そうすれば、私たちも楽に夢魔を倒せます。ねえ、ネルさん?」
この説得が夢魔に対して有効なのも実証済みです。幸いにもアイトさんは私たちの話を信じてくれているようでしたし、私もこれで簡単に夢魔を倒せると思いました。でも、アイトさんの口から予想外の言葉が飛び出しました。
「いや、それは駄目だ。あの妹が本当のニムじゃなくても、俺にとって本当の妹であることには変わりない。あいつを倒そうって言うんなら、俺が相手になってやる」
作品名:夢と少女と旅日記 第7話-3 作家名:タチバナ