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私の読む「宇津保物語」 國譲 中ー2-

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仲忠
「お呼びがありましてすぐに伺うところでしたが、一宮が最近酷く悩みますので、母親の仁寿殿女御もおいでにならないので、看病をする者が居なくて、参上できないでいました」

 母親の内侍督
「一向に存じませんでした。如何ですかご容体は。どうして言ってくれなかったのです看病に参りましたのに」

 仲忠
「どういうのか分かりませんが、物怪だとか申して食事も致しませんので、昨日あたりから更に酷くなりまして、今日は大変苦しんでいます」

 兼雅
「それはお気の毒に。もしや前回同様に妊娠したのではないか」

「そうでもないようですが。前の妊娠の時はこのよううに苦しみは致しませんでした。  さて、御用は何で御座いますか」

 と、父兼雅に尋ねる。

 大臣兼雅
「消息を致したのは、后の宮(兼雅妹)から仰せごとがありまして、どの様なことか、

『考えてみるとそういうことはありがちだが、事実世が乱れて騒がしい中では、天下に優る心があると誰も彼も思うわけではあるまい』

 といわれる。どのようなことが起こったのかと相談しようと思ってである。

 梨壺も感心にも参内をしようと思っているので、今夜参内するのではないか。

 藤壺が参内をすると梨壺の値打ちが下がる、鼬(いたち)のいない間の鼠と思ってお仕えしなさい」

 と、言われるので、仲忠は
「何を仰せでしょうか后の宮は。仲忠はとやかく申しません。父上にとっては重大なことです。そのために后の宮の仰せ通りになると、私と共に住んでいる一宮や周囲から疎遠にされるのも心苦しいことです。后の宮の仰せには・・・・・と申し上げなされ。

 父君がこの事を非常と見られるならば結構なことです」

 兼雅
「自分のためには良いことであるが、世の中が騒がしくなるだろうから、私もそう思うよ。

 それであれば、早く帰りなさい、明朝早くそちらへ見舞いに行こう」

 と、言われるので仲忠は帰っていった。

 梨壺は車二十台ばかり連ねて、お供は多くして参内なさった。生まれた子供は母親が預かった。


絵解
 この画は三条殿。


 仲忠は帰ると一宮に、
「今の気分はどうですか。父上から私に言うことがあると言われたので、三条に行ってきましたが、大事なことを申されましたが、適当に応えて帰ってきました。

 それは、梨壺が今夜参内をした。しかし供には加わらなかった。律師忠こそが間もなく来るであろうから」

 と、一宮に言っていると、

「律師様がお見えになりました」

 と、取り次ぎの者の声がした。

「此方にお通しして」

 と、簀の子に座るところに茵をおいて請じ入れて、忠こそ律師は大切な方であるからと、直衣装束で対面した。忠こそは綾の法衣を着ていた。その姿は立派で、供の法師も装束が清楚で、十人ほど従っていた。若い法師が十人と大童子三十人ばかり、檳櫛毛の新しい車で来訪されていた。

 大童子は中門の処で待たせて、侍、法師、童だけが付き添って忠こその後ろの庭に立っている。仲忠、

「宮中ではお目に掛かりますが、特別なことでもなければお話しするようなこともありません。

 それでも、昔から貴方には関心がありましたが、なんとなく失礼いたしました」

 忠こそ律師
「山伏のこの私も、いつかお目に掛かりたいと思っておりました。それが加持などのお頼みで、本当に嬉しく思いました」

 仲忠
「私もご対面できて本当に嬉しいです。
 私も貴方が私を数の中に入れてお考えにならないから、お尋ね下さらないと思っていました。

 内裏のお召しにも余りお出でにならないので、私の処などへはとてもお出でにな成らないだろうと心配をしておりましたが、このようにお尋ねを戴き、本当に嬉しく思います。

 祈祷をお願い申し上げたのは、宮が先月の末から病気になり、だんだん重くなっていくようです。医者や陰陽師に尋ねますと、物怪であろうと申すのです。

 作善(さぜん)として仏像を造り写経をしましたが、それだけでは安心が出来ませんので、生き仏の貴方に是非お願いいたしたいと考えまして。一夜、二夜ご祈祷をお願いできませんか」

 忠こそ
「心の中ではいつまでもお仕えしたいと思うのですが、仏と仰ると恐ろしくて逃げ出したくなります。

 この頃は、あちこちに招かれて参ります。后の宮(兼雅の妹)の姫君(后が忠雅のに北方にしようと思っている)にも同じようにご病気で、お召しが御座いましたが、先ず此方へと考えまして」

 仲忠
「后宮という公のお仕事を後回しにされてお出で下さるお心が勿体なく恐ろしいほどで御座います。奥の方にお出で下さいませ」

 と、奥の間に席をしつらわせてお入れ申し上げる。

「どうぞ此方へ」

 と、忠こそを案内して、南の廂に綺麗な屏風を立てた。あたりが薫るように香を焚く。そうしておいて、一宮に内侍典が申し上げる。

 嘘を仰るのは大変見苦しくて幼稚でいらっしゃいます。宮のお悩みは物怪などのための病気ではありません。ご懐妊だとお知らせにならないので仲忠様はお騒ぎになられるのです。

 それはともかく、生き仏と言われて加持に励まれておられる律師の方がお出でになられましたので、いずれにいたしましても、そういう生き仏は鏡のようなお心で加持をなさるので御座います。お気持ちが恐怖に陥ります。 仲忠様にご懐妊のことを申し上げなさいませ」

 一宮
「何とも言いようのない苦しみは死ぬ運命であるのであろう」

 と、宮は弱気になって言う。

「なんと情けないことを言われる」

 気持ちが落ち着かない。忠こそ律師は加持祈祷を始められる。そうして一層功徳のある陀羅尼経を称える。忠こそ律師は幼い頃から非常に声の美しい人であるから、読経が一層有り難く聞こえる。

 あかつき、周囲がやや明るくなっ頃に、仲忠は律師に

「世の中のことはあれやこれや聞いたり見たりしてますが、この陀羅尼ばかりは評判で承っていましたが、まだ直接耳にしたことはありませんでしたが、このように承りますと実に有り難く感じいたします。

 秋も深まり、木の葉も落ちて、風の音が心細く聞こえるときに、人の居ない山里で琴に合わせて読む陀羅尼経が聴きたいものです」

 忠こそ律師
「大変に有り難いことを仰います。私はその仰せを心待ち致して朝晩神仏に祈っておりました。

 昔、春日社でかすかにお聞きして、私はその琴の音に魅されて山から下りてきました。しかし、お待ちする甲斐がなくお召しの声が掛からないのに嘆いておりましたが、今このように仰せられましたので、私の長年の思いが叶いました。

 とりわけ、仲忠様の琴の音はなんとしてもお聴きしたいが、容易にはお弾き下さらないと思うと侘びしく存じ上げていました」

「私は琴を陀羅尼経と合わせて演奏することは出来ないと思います。いったいどうして御出家をなされたのですか。春日でお見受けいたしましたときは、本当に悲しゅう御座いました」