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私の読む「宇津保物語」 國 譲 中

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國 譲  中


 かくして、今日は新任の左大臣正頼の昇任の宴会、前のところで「忌むことあり翌日に」と、あった宴会である。藤壺の前で宴会は開催された。最も寝殿の造りが変わった趣向なのでそれをみんなに見て貰おうというのが主たる目的であった。

 いつもの通り儀式は厳格に執り行われた。集まった上達部はいつもの顔ぶれであるので、藤壺は特に気を遣うことはなかった。右大臣兼雅だけがお客として出席した。

 次の日は、右大臣兼雅が昇進の大饗を開かれた。兼雅の三条殿を沢山の手を入れて美しくされたので宴会はそこで開催された。

 寝殿は上達部の席に、東の一の対を宮達の席二の対を、大臣の席、太政大臣忠雅と左大臣正頼、の着座するところを、対の廊を利用して作った。

 上達部は常にはこの三条殿には来られないので特別に気を遣う。

 左大臣正頼が来邸された、右大臣兼雅
「この三条殿で初めて大饗をいたしますので、宮達にお出で願うのは恐れ多いことですが、お誘いいただいてお連れ願います」

 と、弾正の宮(仁寿殿の第三皇子)、忠康親王にあらかじめ申し上げていたので、仁寿殿腹の宮達、

「大饗の席に出席はまかり成らん」

 と、帝からきつく言われていたので、左大臣正頼の饗応にも出席しなかった。

 しかし、兼雅が再々誘われるので、そんなに誘われるのだから出席しましょう、仲忠と一緒に出席してきた。兼雅は有りがたく喜ぶが、春宮はこの大饗を知らなかったし、宮達が出席したことは知るよしもなかった。

 こうして正頼は主の兼雅右大臣に

「此処へは相撲の節の還饗(かえりあるじ)されたときに参りましたね。このところ立派に造営なさいましたね。昔から貴方はこのように造作慣れしていらっしゃるから、心遣いは変わらないと思いますが、特別な用事もなくてお伺いいたしませんでした」

 兼雅
「此方も別に疎遠にするわけでもありませんが、二日前に仲忠が大宮の許へ昇進の御礼を申あげに参りました。昔より関係が深くなりました」

 正頼
「以前に仲忠が来られた頃は仲忠もまだ若くあったので、私も気が楽でした。この度は立派に成られて傍にも寄られません」

 兼雅
「仲忠は、碁代のお約束をお守りにならないと、いつも嘆いていますよ」

 と、かってあて宮を上げるから琴を弾けと言われた事を思って、言う。

 正頼
「はて、碁代を差し上げなかったですかね。あの北方にして戴いている一宮は自分の子供としてお育てした姫ですよ。よく見てみると仲忠に相応しい北方だと思いますが」

 兼雅
「それはそうでしょうが、仲忠にしてみれば本望でないように見受けられますが。先日中納言実忠が珍しく藤壺を訪問されたそうですが、どういう事なのですか。貴方を大層怨んで交際なさらないと承っていましたが。

 或は、昇進のお力添えは総てのことを忘れさせたご厚志と言うものですね。これを拝見してもご親切なお心遣いというのは無益ではありません」

 正頼
「亡き太政大臣が遺言でお頼みになったので、です」

 兼雅
「そう仰るのはご謙遜です。高貴な血族のせいだと見ればこそ、世間の人は納得もし、気も遣い、尊敬するのでしょう」

 と、実忠にまつわることをお互いに話をされて、二人の仲は良さそうに見えた。

 女の方々には女房、童、下仕が精一杯の衣装を着て多数参加。被物はいろいろと珍しい物を揃えてお渡しになる。贈り物も数々ある。女達は満足である。

 こうして夜一杯管弦やらで遊ぶ。庭の池では胡蝶の舞のように羽を付けて舞をする楽に合わせて次々と踊り手が現れて舞が続く。

 遊び疲れて朝早やくに客達は帰った。

 中納言実忠は正頼の殿を再び訪問をして、小野に帰りたいと思う、と藤壺から言われたことをどのようにしようかと迷う。

 藤壺が言うことを聞いて里住まいをすれば今更何の甲斐が有ろう、結局藤壺に対する操を全うしなかったと世間は思うだろう。

 強情に山里に住まいをすれば、藤壺は元々出家を志望していkたのだ、と思われるだろう、などと実忠は思い悩んで、民部卿に、こうこうだ、と相談をする。民部卿実正は、

「そうだろうよ、。真剣にそのことをお考えならば、申し上げましょう。同じように山里に住めば、藤壺に志がないように思われるのは当然のことです。

 こうして宮仕えもしないでいれば、公私ともに貴方のために惜しむから、聞かれるのが嫌なことかも知れませんね」

 実正
「この度の貴方の昇進は、父の大臣が生きておられても、右大辨師純を飛び越えての昇進はあり得なかったことを得たのだから、通り一遍の事ではないのです。これから時々は小野に行かれるとしても、志賀の山元に隠れ住む北方をお迎えになって、身の回りを綺麗になさいませ」

 実忠
「私一人であれば小野から京へ通うことも出来ましょう。藤壺にも申し上げたのです。古い女であれ新しい女であれ、妻は持ちません」

 実正(民部卿)
「そうであるならば、あの袖君を娘とは思わないのですか。これからお子を設けるとしても小さいでしょう。大人になった娘を見ようとは思いませんのか」

「少しも思いません。今は我が身一つを持て余しているのですから」

「それでも此処へはいらっしゃるのですね。父君の貴方にお分けになった多くの調度や家など、人に使わせては甲斐無く残念です」
 
「私に下さった場所は使ってもいいんですね。そうでしたら、使用できるようにしておいてください。時々山を下りて出向きますから」

「それは、綺麗に整っています。女君の使用なさる物が揃っていますから、北方はお出でになってすぐお住みになれますよ」


 こうして民部卿実正は、袖君の母親の実忠北方を志賀の山元の住まいに訪ね、

「長い間大変に心配いたしました。何処にいらっしゃるのか見当も付かないので、お尋ねすることも出来なかったのを、ある人が志賀にお出でになると申したので分かりました。

 このような処にお出でになるとは呆れたことで御座います。それも実忠と不仲に成られたからでしょう。実忠が以前のようでは無くなって、ご同情いたします」

 北方
「これはこれは、今更夫を怨んで酷い目に遭えばいい、とは思ってはいません。私は自分の好みに合わせてこのような暮らしを致しています。

 そこで、訪ねて来るであろう実忠のことを夢にも見ませんのに。思いも掛けない実正様がお出で下さって」

「亡き父大臣の遺言があるのを、すぐにお尋ねをして申さねばと考えましたが、父の葬儀などがありまして、遅くなりました。

 父の遺言は、此処でお生まれになった袖君を太政大臣の子として、実正の私が後見をしなさい。父親の実忠は妻子のことなどを忘れてしまって、女に夢中になっている。そこで、娘のことは知らないだろうし、世話をしようとは思わないであろう」

 と、実正は言うと、遺産相続を記した文書を北方に渡す。そうして、

「この北方に遺された館は、そんなに広くはありませんが、若い人が住むには似つかわしい殿です。

 その様なことをお考えでしたのでしょう、父は前々から心に留めてお造らせになりました。造作や調度も充分に整えられました。