私の読む「宇津保物語」 蔵開きー2-
蔵びらき
こうしているところへ、涼の産養の祝いに中納言平正明、大納言藤原忠俊、源実正宰相が来訪してきた。挨拶をして杯の交換が度々、管弦を奏し、詩などを大声で語り合っている。そういう中で、仲忠と涼は遊びの仲間に加わらないで、向かい合って話をしている。涼中納言は、
「人の心ほど頼み難いものはありません。私はこの正頼の邸宅で住まいをするとは思いませんでした。 藤壺が入内なさったとき思いましたのは、
絶望のあまり自分はどうしよう、法師になろうか死んでしまおうか。それとも、真菅がしたように上奏文を帝に奉ろうか、とまで思いました。また、反省をして思うには、前のどの考え方も気違い染みている。自分のあて宮への気持ちを通そうと思って、入内以来ずっと冷静を装ってあちこち女の所へ出歩いていました。
このようなことが帝の耳に入りましたのか。今宮を妻にと言う勅命がありましたので、大変ひどいことを帝は言われる、今宮は、たした女ではあるまい、何かで思い知らしてやろう。
今宮が美しい女でなければ、一晩は共にしよう。可愛かったら二晩は伴寝をしてやろう。
涼は
「いや、この頃思っていることを話せる相手がいなくて。今夜という今夜思い出すままにお話ししたのです。私の琴などを聴く人はいないでしょう」
「私では物足りないかも知れないが、思いっきり演奏してください。私は一生懸命聴かせていただきますよ」
「貴方のように人が走り出すほどうまくは弾けません。男は漢才こそ身につけるべきで、色々な遊芸はしない方がよろしい」
仲忠
「子供ほど可愛い者がありましょうか。貴方はそう思われますか」
「いいえ、産まれたばかりですので、まだ汚いから見てはいません」
仲忠
「親らしくないことをなさいますね。私は産まれるとすぐから懐に入れていましたよ」
「それは、貴方のお子さんは女の子だから。私の子供は親よりも劣っています。男の子で私よりも劣っていたらどうしようもありません。女の子でしたら琴を習わせ可愛い物を持たせ。派手な交際もするだろう、と楽しみに思いますがね。私の所には女の子の必要な宝物を入れた蔵があります」
「それを下さい、貴方には用がない、私の女の子に頂きたい」
「私の子供の妻にしなさいませ。そうしたら蔵をそっくり差し上げましょう」
仲忠
「さい先の悪いことを言われる。考えてみると、私たちは親にはなったがまだ子供の気持ちでいるようですね。真実、親になった覚悟はお出来になりましたか」
「それは、晦日(つごもり)の夜こそは。お出での方々がみんな産屋へ入られるので、私はまだ中へは入っていません」
仲忠
「源氏の家風はおかしな事をなさいますね。
私は、親になったということを認識もしないで、妻の一宮は産屋にいますので、私は夜には産屋に入りまして一宮と添い寝を致しました」
涼
「帝のご息女を妻になさいましたのですから、誰も遠慮をして近づく者はいないでしょう。何もかも祓いは終わっているのですから、鬼やらいは急ぐことはないですね」
「私は真面目一方の男ではありませんよ」
涼答えて
「妻のことを考えませんか。思わなかったら今までこうしておいででしょうか。とっくに棄ててしまわれたでしょう」
仲忠、
「ああ、考えてみると我らは吹上げで誰もしないような妙なことをしましたね。私たちはこの様でも上達部の端くれです。仲頼少将もこのようにしていたら今では蔵人頭にはなっていたであろう。彼は当時身分も高いし、父は左大臣、帝の御覚えも目出度かった人が、あて宮のことで山に入って法師になってしまわれた。久しく訪れてはいないが、山に行かれましたか」
涼、
「私は時々山に訪れています。つい先日綿入れを縫わせまして草餅を作り送って差し上げました」
「私は年が明けて、花盛りの頃に訪れましょう。行正中将らを誘って詩でも作りましょう。古いことを忘れ無いことが生き甲斐というもので、只今殿上は仲頼がいなくて淋しいが、管弦の時には一層空虚さを感じます。
無常の世に、今感じますのは、人が聴きたいと思う音楽を聴かせるのを惜しんで、今日にも死ぬようなことがあったら、生きていた甲斐はありません。
あらゆる技法は老年になっては、すべてが衰えますし、忘れてしまいます。
いまは、階段を下りて舞をして、音楽をして、帝に、。親に見せて聴かせて差し上げようと思います」
「結構なことですね。生き甲斐のある世の中と言うところですね。私にもお聴かせ下さい」
「貴方もなさいませ」
と、話していると正頼から文が来る。
「お祝いに参上を致したいのですが、脚気の気味で苦しんでいます。子供達を行かせましたので、雑用に使ってやってくださいませ」
涼の返事は、
「お文かしこまり承りました。お出で下さらないのでみんなが大変淋しそうで御座います」
色紙の色を色々と変えて、碁代を多く包んで、一人一人の座においた。
仲忠は、
「涼の財宝を今夜賭で全部頂戴いたしましょう」
と、言いながら碁を打ち出した。涼は負けるだろうと相手にならず、口を紐で結ぶ袋に碁代を入れて出された。仲忠の袋に移し替えると、一袋には入らずに二袋となった。仲忠は金で膨れた餌袋二つを持っているので、碁に負けた人たちが金を欲しがって集まる。仲忠は、
「この次負けたときに使うのだ」
と、言って金を出さなかった。二つの袋には金貨が入っていた。
私を融通の利かない田舎者と見くびって、このような謀をなさるのだと思いました。
それでも今宮が美しい女であったので、初めの考え通りに二夜を伴寝致しました。
帝から召された夜は、もう今宮の許へは帰らない、このまま内裏にいよう、と思いまして夜が更けるまで奉仕していましたが、その様な私の行動が今宮に気の毒なような気がいたしまして、心配にもなったので、宿直もしないで今宮の所に参りました。
そういう訳で今宮の許に居着いてしまいましたので、これまでこうして、今夜もまた貴方がたとお会いできるのです。
京生まれで洗練された者なら、こんなに納まってはいないでしょう」
仲忠右大将
「貴方の言い分はわかりますが、そのことで、正頼様は大変心痛しておいででした。
春宮からも、あて宮入内のことを度々仰せられたらしいのですが、帝よりの宣旨で、と申し上げてお断りなされたようですが、春宮は無理にあて宮を入内させられたのです。
ですから、貴方にはご不満でしょう。誰も無理はないと思っておられますよ。
考えてみますと、あて宮は美貌だということで誰もが懸想いたしました。今宮だって美しさは劣ってはいらっしゃらない。幼いときから正頼様も大宮も大切にお育てになったのを。
貴方と約束があったのに、あて宮が入内なさったので、貴方がお気の毒であると今宮を妻にと差し出されたのですよ。親は同じで、ただ、あて宮は先に生まれ、今宮は後に生まれたという違いだけです。
今宮は決して美しさにおいてあて宮に劣ることはありませんのに、貴方は何が不足なのですか」
涼中納言
「だからこそ、こうしているのですから、今はどこへ行きましょう。
こうしているところへ、涼の産養の祝いに中納言平正明、大納言藤原忠俊、源実正宰相が来訪してきた。挨拶をして杯の交換が度々、管弦を奏し、詩などを大声で語り合っている。そういう中で、仲忠と涼は遊びの仲間に加わらないで、向かい合って話をしている。涼中納言は、
「人の心ほど頼み難いものはありません。私はこの正頼の邸宅で住まいをするとは思いませんでした。 藤壺が入内なさったとき思いましたのは、
絶望のあまり自分はどうしよう、法師になろうか死んでしまおうか。それとも、真菅がしたように上奏文を帝に奉ろうか、とまで思いました。また、反省をして思うには、前のどの考え方も気違い染みている。自分のあて宮への気持ちを通そうと思って、入内以来ずっと冷静を装ってあちこち女の所へ出歩いていました。
このようなことが帝の耳に入りましたのか。今宮を妻にと言う勅命がありましたので、大変ひどいことを帝は言われる、今宮は、たした女ではあるまい、何かで思い知らしてやろう。
今宮が美しい女でなければ、一晩は共にしよう。可愛かったら二晩は伴寝をしてやろう。
涼は
「いや、この頃思っていることを話せる相手がいなくて。今夜という今夜思い出すままにお話ししたのです。私の琴などを聴く人はいないでしょう」
「私では物足りないかも知れないが、思いっきり演奏してください。私は一生懸命聴かせていただきますよ」
「貴方のように人が走り出すほどうまくは弾けません。男は漢才こそ身につけるべきで、色々な遊芸はしない方がよろしい」
仲忠
「子供ほど可愛い者がありましょうか。貴方はそう思われますか」
「いいえ、産まれたばかりですので、まだ汚いから見てはいません」
仲忠
「親らしくないことをなさいますね。私は産まれるとすぐから懐に入れていましたよ」
「それは、貴方のお子さんは女の子だから。私の子供は親よりも劣っています。男の子で私よりも劣っていたらどうしようもありません。女の子でしたら琴を習わせ可愛い物を持たせ。派手な交際もするだろう、と楽しみに思いますがね。私の所には女の子の必要な宝物を入れた蔵があります」
「それを下さい、貴方には用がない、私の女の子に頂きたい」
「私の子供の妻にしなさいませ。そうしたら蔵をそっくり差し上げましょう」
仲忠
「さい先の悪いことを言われる。考えてみると、私たちは親にはなったがまだ子供の気持ちでいるようですね。真実、親になった覚悟はお出来になりましたか」
「それは、晦日(つごもり)の夜こそは。お出での方々がみんな産屋へ入られるので、私はまだ中へは入っていません」
仲忠
「源氏の家風はおかしな事をなさいますね。
私は、親になったということを認識もしないで、妻の一宮は産屋にいますので、私は夜には産屋に入りまして一宮と添い寝を致しました」
涼
「帝のご息女を妻になさいましたのですから、誰も遠慮をして近づく者はいないでしょう。何もかも祓いは終わっているのですから、鬼やらいは急ぐことはないですね」
「私は真面目一方の男ではありませんよ」
涼答えて
「妻のことを考えませんか。思わなかったら今までこうしておいででしょうか。とっくに棄ててしまわれたでしょう」
仲忠、
「ああ、考えてみると我らは吹上げで誰もしないような妙なことをしましたね。私たちはこの様でも上達部の端くれです。仲頼少将もこのようにしていたら今では蔵人頭にはなっていたであろう。彼は当時身分も高いし、父は左大臣、帝の御覚えも目出度かった人が、あて宮のことで山に入って法師になってしまわれた。久しく訪れてはいないが、山に行かれましたか」
涼、
「私は時々山に訪れています。つい先日綿入れを縫わせまして草餅を作り送って差し上げました」
「私は年が明けて、花盛りの頃に訪れましょう。行正中将らを誘って詩でも作りましょう。古いことを忘れ無いことが生き甲斐というもので、只今殿上は仲頼がいなくて淋しいが、管弦の時には一層空虚さを感じます。
無常の世に、今感じますのは、人が聴きたいと思う音楽を聴かせるのを惜しんで、今日にも死ぬようなことがあったら、生きていた甲斐はありません。
あらゆる技法は老年になっては、すべてが衰えますし、忘れてしまいます。
いまは、階段を下りて舞をして、音楽をして、帝に、。親に見せて聴かせて差し上げようと思います」
「結構なことですね。生き甲斐のある世の中と言うところですね。私にもお聴かせ下さい」
「貴方もなさいませ」
と、話していると正頼から文が来る。
「お祝いに参上を致したいのですが、脚気の気味で苦しんでいます。子供達を行かせましたので、雑用に使ってやってくださいませ」
涼の返事は、
「お文かしこまり承りました。お出で下さらないのでみんなが大変淋しそうで御座います」
色紙の色を色々と変えて、碁代を多く包んで、一人一人の座においた。
仲忠は、
「涼の財宝を今夜賭で全部頂戴いたしましょう」
と、言いながら碁を打ち出した。涼は負けるだろうと相手にならず、口を紐で結ぶ袋に碁代を入れて出された。仲忠の袋に移し替えると、一袋には入らずに二袋となった。仲忠は金で膨れた餌袋二つを持っているので、碁に負けた人たちが金を欲しがって集まる。仲忠は、
「この次負けたときに使うのだ」
と、言って金を出さなかった。二つの袋には金貨が入っていた。
私を融通の利かない田舎者と見くびって、このような謀をなさるのだと思いました。
それでも今宮が美しい女であったので、初めの考え通りに二夜を伴寝致しました。
帝から召された夜は、もう今宮の許へは帰らない、このまま内裏にいよう、と思いまして夜が更けるまで奉仕していましたが、その様な私の行動が今宮に気の毒なような気がいたしまして、心配にもなったので、宿直もしないで今宮の所に参りました。
そういう訳で今宮の許に居着いてしまいましたので、これまでこうして、今夜もまた貴方がたとお会いできるのです。
京生まれで洗練された者なら、こんなに納まってはいないでしょう」
仲忠右大将
「貴方の言い分はわかりますが、そのことで、正頼様は大変心痛しておいででした。
春宮からも、あて宮入内のことを度々仰せられたらしいのですが、帝よりの宣旨で、と申し上げてお断りなされたようですが、春宮は無理にあて宮を入内させられたのです。
ですから、貴方にはご不満でしょう。誰も無理はないと思っておられますよ。
考えてみますと、あて宮は美貌だということで誰もが懸想いたしました。今宮だって美しさは劣ってはいらっしゃらない。幼いときから正頼様も大宮も大切にお育てになったのを。
貴方と約束があったのに、あて宮が入内なさったので、貴方がお気の毒であると今宮を妻にと差し出されたのですよ。親は同じで、ただ、あて宮は先に生まれ、今宮は後に生まれたという違いだけです。
今宮は決して美しさにおいてあて宮に劣ることはありませんのに、貴方は何が不足なのですか」
涼中納言
「だからこそ、こうしているのですから、今はどこへ行きましょう。
作品名:私の読む「宇津保物語」 蔵開きー2- 作家名:陽高慈雨