私の読む 「宇津保物語」 田鶴の群鳥
田鶴の群鳥
あて宮入内の翌年六月、朱雀帝が仁寿殿に渡られて、大将正頼の娘の仁寿殿女御と碁を打っていると、正頼が参内してきた。
帝がお出でになって碁を打っていらっしゃると聞いたので、見えないところに控えている。帝は正頼をお召しになって話をする。
「仁寿殿が賜暇願を出されて久しくなると聞いているが、何事であるか」
正頼
「仲純が危篤になり、もう見込みが無いと思いまして、仁寿殿を呼びました」
「そう言うことは全く知らなかった。先頃仁寿殿が『見舞いに行きたい』と言っいていたのを、女御達が里に出向きたい時は『里で病人が出まして見舞いたい』という口実で里下がりをするので、そのことであろうと許可しなかったのである。
本当のことでしたか。いづれにしろ、嘘をつく人が多いので、その人達の罪ですね」
「北方の大宮も『異変のない時は決して内裏から下がって里に帰るようなことはするではない。退出したり参内したりすることは面倒なことであるから』と、申しています事でして、その様な嘘を言うような女御では御座いません。もしかして、娘はお仕え申しあげても甲斐がないと思っているのでしょうか」
帝は笑って、
「煙の例え(火のないところに煙は立たず)も有りますから、成る程、そうとは知りませんでした。ところで、涼や仲忠への禄(神泉苑で約束した禄。涼にはあて宮)はどうなりましたか。どうも涼の本意に添わなかったことが気になりましてね」
「そのことは只今、八月頃に致したいと存じております。涼朝臣にはその様にしたいと思っていましたが、春宮より帝の宣旨があります前に、仰せがありましたので、春宮は帝のこのような宣旨を聞かれて、
『それでも入内させよ、そのことは帝に申しあげる』
と、仰せになりましたので、入内させまして、その代わりとして色々と考えていますが、娘はまだ年が小さいので、どうしようかと考えて遅くなっています」
帝は
「どちらへ婚しても同じ事ではないか、涼のことは評判でしたね。私も涼を人の言うほどにも思わなかったが、涼には何でもやりたいような宴会であったから、ああいう風に言ったのだが。
春宮が是非欲しいと仰るなら、入内させなければなるまい」
正頼
「今家にいる娘もあて宮には劣りません」
帝
「煩わしいことだな。こんどもどうなることやら。
『本木し枯れず。なんと言っても本木が隆盛ならば安泰だ』
と言うそうですね」
と、言って女御君仁寿殿に、
「せめて今夜は来てくださいね。何時もそう申しあげるのに、私のところに来るのを嫌がってお出でになる」
と、言って仁寿殿を後にされる。仁寿殿は帝の御殿にお出でになった。
絵解
この画は、仁寿殿女御がいらっしゃる。年は三十五、御子達八人お産みになる。親王達も大勢いらっしゃる。
帝がお出でになる、碁を打たれる。正頼大将が参上する。
こんな話があって、正頼は帝の前からお下がりになる。
北方の大宮が、
「遅かったですね」
正頼
「仁寿殿を訪問したので、帝もお出でになられていて、色々と御下問があり、仲忠や涼のことを仰られた。
源中将涼とあて宮の事、宣旨に従わなかったことを、言われ、残念のご様子であった」
北方の宮は
「今こそ(十姫)は、あて宮に劣るようなことは御座いません。涼に娶らせましょう。頭中将仲忠にこそ、娘一人を娶せて、子供が生まれれば、琴のことを頼もうと思っています。琴を習わすことは、親王の筋ではいけないと思っておられるのでしょうか」
正頼
「帝も宮と同じお考えで、仲忠には女一宮を娶せよというお考えで、仲忠を特に注意して扱ってお出でのようである。問題の人仲忠は幸福な人だ。
帝は、親王皇女達大勢おられるが特に可愛がっておられるのが女一宮である。涼も仲忠に劣らない方である。
容姿も仲忠と同じように端麗で、官位は同じである。ただ、ただ威徳人望が涼は仲忠には及ばない。
一般に娘が多いと、しなければならないことが多いようですね。宮の娘達(宮腹の娘)も、彼方の娘(大イ殿腹の娘)どちらも年頃になったから、話のある方々に差し上げたいが、宮はどう思う」
「貴方はどのようにお考えでおいでですか。お気に入りで有れば早く差し上げなさいませ」
「あて宮を懸想した者達を他家に捕られたくはない。ちご(十三姫、十二歳)は兼雅に、けすこそ(十四姫、 十一歳)は兵部卿宮に、あちらの娘二人、十一姫(十四歳)を平中納言に、十二姫(十三歳)を涼に、と思いますが如何ですか」
「実忠を私の娘婿にと思っています。あてこそがまだ物心が付かないうちから、心を寄せておられたのですから、どんなに寂しい思いをしてお出ででしょうか」
「そう言うことなら兵部卿の宮に替えて、けすこそ(十四姫)を実忠にしよう」
と、色々と二人は娘達の嫁ぎ先を考えている。
さて、夏の極熱の日にわざわざ内裏に参上しても、と参内する者がない。
家に籠もって八月になり、正頼の屋敷では正頼の婿取りが至近に迫ってきて、仲忠中将に女一宮、朱雀邸の第一内親王、正頼と大宮の間に出来た第一姫の仁寿殿の子供、孫娘である。
姫を仲忠に、源中将涼には、大宮の第十姫今こそノ君を、このことは帝の宣旨もあるので決定。
正頼の第二夫人、太政大臣の娘の腹に出来た、十一姫を兵部卿の宮に、同じように第二夫人の娘十二姫を平中納言に、大宮腹の十三の姫を右大将の兼雅に。宮の腹の十四姫けす宮を源宰相実忠に、と内々で決めた。
各姫の調度品や衣装を始めとして、姫達に仕える女房や、下女達まで姿美しく清らかに整えさせられる。
そうして、婿にと決めた方々に消息文を差し上げた。
もらった全員は、その消息にある婚姻のことに承諾をしない。全員があて宮に懸想して、気持ちは深く彼女に向いていた。
あて宮入内してまだそう日にちも経ていないのに、この話に乗れば、あて宮がもう心をほかの女に移している、と思われることだろう、というのがみんなの気持ちである。
その中でも、源宰相実忠はこの上もなく悲しいことであると思う。正頼は北方の宮に
「この人達は誰も満足していないようです。嫌だと思っているのに、何も無理に事を進めることもないでしょう。あてこその里に住もうと思っているのかと思ったが、あてこそ以外は嫌だと申されるのを、どうして大勢の人々に一人の娘をあげられようか、出来ない話だ。
さてしかし、仲忠と涼の二人には二人がどう思おうとも、強いても結婚するようにしよう。帝がわざわざ吉日を選ばれて、女一宮と、今こそを娶るようにと厳命されたのに、取るに足らない私事で背くことは出来ない」
と、言って一の宮が住んでいる中の御殿の、きれいに造り磨き上げたところに行って、綾や錦で室内を飾り、侍している女房達はみんな髪が長く容貌も性格も気持ちがいい女房を選んでいるのを確かめて、八月十三日に婿をお取りになる。
仲忠に涼は気が進まない結婚をさせられた。
結婚三日目、三ヶ日は八月十五日になる、その日内裏から使者がきて、帝が二人の婿を内裏に連れてくるように、とあった。
あて宮入内の翌年六月、朱雀帝が仁寿殿に渡られて、大将正頼の娘の仁寿殿女御と碁を打っていると、正頼が参内してきた。
帝がお出でになって碁を打っていらっしゃると聞いたので、見えないところに控えている。帝は正頼をお召しになって話をする。
「仁寿殿が賜暇願を出されて久しくなると聞いているが、何事であるか」
正頼
「仲純が危篤になり、もう見込みが無いと思いまして、仁寿殿を呼びました」
「そう言うことは全く知らなかった。先頃仁寿殿が『見舞いに行きたい』と言っいていたのを、女御達が里に出向きたい時は『里で病人が出まして見舞いたい』という口実で里下がりをするので、そのことであろうと許可しなかったのである。
本当のことでしたか。いづれにしろ、嘘をつく人が多いので、その人達の罪ですね」
「北方の大宮も『異変のない時は決して内裏から下がって里に帰るようなことはするではない。退出したり参内したりすることは面倒なことであるから』と、申しています事でして、その様な嘘を言うような女御では御座いません。もしかして、娘はお仕え申しあげても甲斐がないと思っているのでしょうか」
帝は笑って、
「煙の例え(火のないところに煙は立たず)も有りますから、成る程、そうとは知りませんでした。ところで、涼や仲忠への禄(神泉苑で約束した禄。涼にはあて宮)はどうなりましたか。どうも涼の本意に添わなかったことが気になりましてね」
「そのことは只今、八月頃に致したいと存じております。涼朝臣にはその様にしたいと思っていましたが、春宮より帝の宣旨があります前に、仰せがありましたので、春宮は帝のこのような宣旨を聞かれて、
『それでも入内させよ、そのことは帝に申しあげる』
と、仰せになりましたので、入内させまして、その代わりとして色々と考えていますが、娘はまだ年が小さいので、どうしようかと考えて遅くなっています」
帝は
「どちらへ婚しても同じ事ではないか、涼のことは評判でしたね。私も涼を人の言うほどにも思わなかったが、涼には何でもやりたいような宴会であったから、ああいう風に言ったのだが。
春宮が是非欲しいと仰るなら、入内させなければなるまい」
正頼
「今家にいる娘もあて宮には劣りません」
帝
「煩わしいことだな。こんどもどうなることやら。
『本木し枯れず。なんと言っても本木が隆盛ならば安泰だ』
と言うそうですね」
と、言って女御君仁寿殿に、
「せめて今夜は来てくださいね。何時もそう申しあげるのに、私のところに来るのを嫌がってお出でになる」
と、言って仁寿殿を後にされる。仁寿殿は帝の御殿にお出でになった。
絵解
この画は、仁寿殿女御がいらっしゃる。年は三十五、御子達八人お産みになる。親王達も大勢いらっしゃる。
帝がお出でになる、碁を打たれる。正頼大将が参上する。
こんな話があって、正頼は帝の前からお下がりになる。
北方の大宮が、
「遅かったですね」
正頼
「仁寿殿を訪問したので、帝もお出でになられていて、色々と御下問があり、仲忠や涼のことを仰られた。
源中将涼とあて宮の事、宣旨に従わなかったことを、言われ、残念のご様子であった」
北方の宮は
「今こそ(十姫)は、あて宮に劣るようなことは御座いません。涼に娶らせましょう。頭中将仲忠にこそ、娘一人を娶せて、子供が生まれれば、琴のことを頼もうと思っています。琴を習わすことは、親王の筋ではいけないと思っておられるのでしょうか」
正頼
「帝も宮と同じお考えで、仲忠には女一宮を娶せよというお考えで、仲忠を特に注意して扱ってお出でのようである。問題の人仲忠は幸福な人だ。
帝は、親王皇女達大勢おられるが特に可愛がっておられるのが女一宮である。涼も仲忠に劣らない方である。
容姿も仲忠と同じように端麗で、官位は同じである。ただ、ただ威徳人望が涼は仲忠には及ばない。
一般に娘が多いと、しなければならないことが多いようですね。宮の娘達(宮腹の娘)も、彼方の娘(大イ殿腹の娘)どちらも年頃になったから、話のある方々に差し上げたいが、宮はどう思う」
「貴方はどのようにお考えでおいでですか。お気に入りで有れば早く差し上げなさいませ」
「あて宮を懸想した者達を他家に捕られたくはない。ちご(十三姫、十二歳)は兼雅に、けすこそ(十四姫、 十一歳)は兵部卿宮に、あちらの娘二人、十一姫(十四歳)を平中納言に、十二姫(十三歳)を涼に、と思いますが如何ですか」
「実忠を私の娘婿にと思っています。あてこそがまだ物心が付かないうちから、心を寄せておられたのですから、どんなに寂しい思いをしてお出ででしょうか」
「そう言うことなら兵部卿の宮に替えて、けすこそ(十四姫)を実忠にしよう」
と、色々と二人は娘達の嫁ぎ先を考えている。
さて、夏の極熱の日にわざわざ内裏に参上しても、と参内する者がない。
家に籠もって八月になり、正頼の屋敷では正頼の婿取りが至近に迫ってきて、仲忠中将に女一宮、朱雀邸の第一内親王、正頼と大宮の間に出来た第一姫の仁寿殿の子供、孫娘である。
姫を仲忠に、源中将涼には、大宮の第十姫今こそノ君を、このことは帝の宣旨もあるので決定。
正頼の第二夫人、太政大臣の娘の腹に出来た、十一姫を兵部卿の宮に、同じように第二夫人の娘十二姫を平中納言に、大宮腹の十三の姫を右大将の兼雅に。宮の腹の十四姫けす宮を源宰相実忠に、と内々で決めた。
各姫の調度品や衣装を始めとして、姫達に仕える女房や、下女達まで姿美しく清らかに整えさせられる。
そうして、婿にと決めた方々に消息文を差し上げた。
もらった全員は、その消息にある婚姻のことに承諾をしない。全員があて宮に懸想して、気持ちは深く彼女に向いていた。
あて宮入内してまだそう日にちも経ていないのに、この話に乗れば、あて宮がもう心をほかの女に移している、と思われることだろう、というのがみんなの気持ちである。
その中でも、源宰相実忠はこの上もなく悲しいことであると思う。正頼は北方の宮に
「この人達は誰も満足していないようです。嫌だと思っているのに、何も無理に事を進めることもないでしょう。あてこその里に住もうと思っているのかと思ったが、あてこそ以外は嫌だと申されるのを、どうして大勢の人々に一人の娘をあげられようか、出来ない話だ。
さてしかし、仲忠と涼の二人には二人がどう思おうとも、強いても結婚するようにしよう。帝がわざわざ吉日を選ばれて、女一宮と、今こそを娶るようにと厳命されたのに、取るに足らない私事で背くことは出来ない」
と、言って一の宮が住んでいる中の御殿の、きれいに造り磨き上げたところに行って、綾や錦で室内を飾り、侍している女房達はみんな髪が長く容貌も性格も気持ちがいい女房を選んでいるのを確かめて、八月十三日に婿をお取りになる。
仲忠に涼は気が進まない結婚をさせられた。
結婚三日目、三ヶ日は八月十五日になる、その日内裏から使者がきて、帝が二人の婿を内裏に連れてくるように、とあった。
作品名:私の読む 「宇津保物語」 田鶴の群鳥 作家名:陽高慈雨