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でんでろ3
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novelistID. 23343
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切れぬ物無し

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今は昔。伯耆の国の集落に、一人の侍が現れた。着衣は、乱れ、泥だらけ。足元もおぼつかないのに、目だけが見開かれ、異様な輝きを放っていた。
「た、頼む。何か、硬いものを。この剣で切れぬ物を……」
そう言いながら歩く侍の右手には、鈍い輝きを放つ日本刀がしっかりと握られていた。
「きゃーっ、ひ、人殺しー」
「に、逃げろーっ」
それに気づいた村人たちは、一目散に逃げ出した。
 しかし、その人の流れに逆らって、侍に近づく者がある。この村の寺の住職だ。
「お侍さま。お見受けしたところ、それは、妖刀ですな」
地獄で仏にあったら、人は、きっと、こういう顔をするのだろう。
「お坊さま、まさに、その通りでございます。この刀は、己に切れぬ物は無いと、それを証明せんがため、切るのが困難なものを求めて、彷徨っているのでございます」
「人を切ったことはあるか?」
「ございません。きっと、刀で人が切れるなぞ、当たり前と思っているのでございましょう」
 これを聞いて、遠巻きにしていた人の輪が急に狭まった。
「切れぬ物は無いって、今まで、どんなものを切ってきたんだい?」
「さよう、鎧、兜から始まって、斧、刀、果ては、お寺の鐘まで」
「あんな大きなものを?」
「一刀両断しました」
群集はざわめいた。
「じゃあ、もう本当に、切れねぇ物なんか無いんじゃないか?」
「しかし、刀が満足しないのです」
「う~む、考え方を変えてはいかがかな?」
住職の言葉に、皆は、一斉に振り向いた。

 一行は海に出た。
「硬いものは、なんでも切ってしまう。でも、液体は切れんじゃろう」
「なるほど、さすがは和尚さんだ」
「分かりました。さぁ、刀よ。海の水を切ってみよ!」
その瞬間、侍の五体にあふれんばかりの力が宿った。侍の体は、勝手に刀を上段に構えると、凄まじい力で、真っ直ぐ下に振り下ろした。
すると、どうだろう。振り下ろした刀の切っ先から衝撃波が走り、海を真っ二つに割ってしまった。水平線の彼方まで割れているので、どこまで割れているのかわからない。

 一行が、あまりのことに声も出ず、途方に暮れていると、そこに、昼間から働きもせず、遊んでいる若い衆が通りかかった。
そのとき、一人の母親が、素っ頓狂な声を上げた。
「お侍さま、助けてください」
「なんだよ。おトヨさん、驚かすない。それに、みんなで、お侍さまを助けようとしてる時に、『助けて』はないだろう」
「だから、その話でもあるんだよ! お侍さま、実は、うちの息子が、あそこのやくざ者と縁が切れなくて困っています。どうか、人助けと思って、その刀で、すっぱり切ってやって下さい」
「おトヨさん、そりゃ、無茶だ。刀で縁を切るなんて、聞いたことねえぞ!」
「……いや、今は、できそうにないことを探しているんです。やらせてみましょう」

 侍は件の若い衆たちに走って追いつき、おトヨさんの息子を、少し集団から離れて立たせた。
「なんだってんだよ。侍だからって、威張ってんじゃねーぞ」
「少しの間、動くなよ」
その瞬間、今度は、侍の身体から余計な力が抜け、軽く最上段に構えられた剣は、羽のように軽く、鳥よりも速く、振り下ろされた。
「さぁ、もう、行け」
「言われなくても行くわ」
「行こう、行こう」
しかし、おトヨさんの息子がついて行こうとすると、
「なんだよてめぇ」
「ついてくんな」
「二度と顔を見せるな」
と拒絶された。

「ありがとうございます。ありがとうございます」
何度も頭を下げるおトヨさんに向かって、
「手放しで喜べません」
と苦笑いする侍。
事情を聞いたおトヨさんの息子が、
「なんだぁ。この刀で絶対切れない物ならあるじゃないか」
と、言った。
「なんだいそりゃあ」
と、人々が言うのを尻目に、おトヨさんの息子は、刀に向かって、
「お前に絶対切れないのは、お前自身」
と、言った。
「おいおいおい、そりゃ、確かに、とんちが効いてるが、大事なのは、この刀が、納得するかであってだなぁ……」
そのとき、刀の刀身が、伸びだした。曲がりだした。刃を内側に、輪になるように伸びたと思うと、一瞬、その身を翻し、跳ね上がったかと思うと、地上に落ちた。それは、真っ二つに切られていて、輝きというものを失っていた。
村人の一人が棒で突いてみたが、全く動かない。
「妖気が消えておる」
住職が重々しくいった。
作品名:切れぬ物無し 作家名:でんでろ3