電車
乗車から二駅過ぎた。
揺れによろめいたキミはボクにではなく、ドアに手を付いて踏み止まった。
(そっちじゃないでしょ… こっち こっち)
その気持ちが通じたのか ボクの引力が発生したのか やや強く揺れを感じたとき、キミが寄りかかってきた。
(痛っ!)
キミの… キミの靴がボクのつま先を踏みつけた。
キミの無声で開かれた口『あ!』とそれに合わせたような目がボクを見ている。そして、歯はその隙間と閉じ、(そう『ニッ』て感じ)鼻の上に僅かな皺を寄せ、目をキラキラさせて笑う顔。
「ごめんね」
息と口の動きでそう読めた。
「大丈夫?」とキミを気遣うボクのつま先が ジィーンとひとりで泣いている。
こういうときって どのように立っていたらいいのかな、と ふと考えた。
混雑している車内ならば、キミの肩を抱えるように接して立っていても さほど不自然ではないだろう。しかしこの状況は、座席は 座れるスペースはうまったものの 立って乗る人同士も 吊り革を利用して服の袖が触れ合う程度、車内壁に凭れ 両耳のコードから流れる音の世界に浸り 窓外を眺めている者やドア前の座席のないスペースで大きなスポーツバッグを足元に置き、円陣を組んで会話もしくは笑う姿の学生。さほど混みあってはいない。
車両の向こう端に立っているふたりは おそらく友達以上のカップルなのだろうか… 指を交互に組み合った手を男のベルト辺りでずっと維持したままでいる。ずっと見つめたままで話をしている。
ボクは、視界を曖昧に動かしながらも 何気に人間ウォッチングしてしまっていた。
ボクは、車両内を見渡し 視線をキミに移すと、外を眺めていたキミも視線をボクに向けた。ボクとキミは同じタイミングで見合った。ボクは、瞬間ひとつ鼓動を感じ、顔に少々血液がのぼるのを感じ、照れくさくて口元を歪めた。
「次」
そっ、とボクは頷いた。いつの間にか 指先の痛さなど遠のいて 事実だったのかすらもわからなくなっていた。こんなどうでもいいことは、すぐに思考に入り込んでくるのに 本来考えることは後回しに追いやられていくようで 自分のことながら可笑しなものだ。