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たららんち
たららんち
novelistID. 53487
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またね

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しんしんと、すべてを優しく包み込むように雪が降っている。
「そういえば、今日夕方から雪が振るっていってたね」
 由美が隣で呟いた。その手には卒業証書をしまう丸筒を持っている。
北海道の冬は昼がとても短い。今はまだ三時だというのに、日はいよいよ夕方の様子になってきている。
 暖房が切れてしばらく経つ夕焼けに照らされた教室は、少し肌寒い。私と由美以外にはもう誰もいない、ということも原因の一つだと思う。それにも関わらず、私は窓を開けた。
 ふぅ、っと外から冷たい風が流れ込む。由美が両手で自分を抱きしめた。
 私たちの吐く息が白く広がり、周りの空気に溶け込む。頬が痛くて、赤くなっていくのを感じた。
 目にかかる髪を耳にかけ、傾いている太陽を見る。夕方の柔らかな日差しに思わず目を細める。
 かしゃり、と写真を撮る音が聞こえた。
「物憂げな少女」
 由美がにやり、としながらこちらにカメラの画面を見せてくる。そこには目を細めて、遠くを見つめる私の姿が映っていた。白い息と、赤い頬、耳に髪をかけている動作、それと夕焼けに照らされている所為で余計に物憂げに見えるのだろう。
「写真部の部長は健在だね」
 カメラを返しながら私も笑う。
「今日でおしまい、だよ」
 由美は筒を振りながら答える。
 そうして、また外を眺める。
「一度でいいから桜吹雪舞う中卒業、なんてロマンチックな卒業してみたいなぁ」
「そうだねぇ。でも無理なんだよねぇ」
 三月なんて、ここでは雪が降ることはあっても、桜が咲くことはまず無い。それは地球温暖化が叫ばれて久しい今でも変わらない。
「地球温暖化なんて、うそだよ。現に今も寒いもの」
「なんで窓開けたわけ?」
「気分」
 私が「閉める?」と聞くと、由美は頭を横に振った。
 普段ならなんてことの無いここからの景色。ちらりと見て、すぐに目を逸らしてしまう景色。そんな景色とも今日でお別れだと思うと、どうも名残惜しくなってしまう。
 現金なものだと思うけれど、きっとこういうことは誰にでもあること。誰でも、これでおしまいだと気づくと、急にどうしようもなく寂しくて、手放したくないと思うことがある。
 私の場合は、この景色。下にはテニスコートが見えて、右に見える道路を挟んだ向こうには大型商業施設が見える、この景色。
 綺麗というわけでもない。癒されるというわけでもない。でも、なぜだか私はこの景色を愛おしいと思う。
 楽しい三年間だった。
 一年のころは、不安と期待が入り混じった不思議な気持ち。
 二年のころは、みんなとも打ち解けて毎日がイベントみたいに盛り上がった。
 三年のころは、みんな受験だとか就職だとか、いろいろと大変だったけれど、いつも誰かの応援が背中を押してくれていた。
 もしも、と思う。
 もしも、私が高校の志望校を変えていたらどうなっていたのだろう。隣にいる由美とは知り合いにすらなれず、まったく違う人に囲まれた三年間。
「ねぇ、私がもしもH高じゃなくて、K高を受けてたらどうなってたかな」
 由美がこちらを向いた。
「さぁ。もしかしたら、こっちにいるよりも楽しかったかも知れないけど」
「そうだね」
 それは誰にもわからない。だって、現実の私はこの学校に来たわけで、K高の人たちがどんな人たちなのかもわからない。
「でも、私はここでよかったと思ってる」
 寒さで顔が赤いのをいいことに、少し気恥ずかしいセリフを呟く。由美のにやりとした顔が視界の隅で見えた。
「――私も、だよ」
 そうしている間にも、日は沈んでいく。綺麗なオレンジで包まれていた教室は、いつの間にか薄暗くなっていた。テニスコート横の外灯に明かりが灯る。
「暗くなってきたね」
 由美がぽつりと呟いた。
「――もう少しだけ」
「……うん」
 私たちだけの教室に、時計の音だけが静かに響く。どうしてだろう。私たちの後ろには誰もないはず。そのはずなのに、どうしてだろう。どうしてクラスのみんなが、まだいつもみたいに大騒ぎしてるように感じるんだろう。
 頬に涙が流れた。
 ――あぁ、卒業、したくないなぁ。
 ハンカチが当てられる。見ると、由美が困ったように笑いながら私を見ていた。ハンカチを受け取って目を拭っていると、由美は言った。
「そのハンカチは、今度返して」
「……今度って?」
「今度は今度だよ」
 ふぅ、とため息をつく由美。
「何勘違いしてるか知らないけど、一生の別れじゃないの。わかる?」
 筒をぶんぶんと振りながら、由美は私を諭すように言う。
「会おうと思えば、いつでも会えるの。あんたが、札幌から出て行くとしても」
「でも」
「でもじゃない。室蘭でしょう? 車で高速使えば二時間くらいじゃない!」
 私のお父さんなら、下道を通ってもそれくらいかもしれないけれど、なんて物騒な言葉を付け加えた由美は、また私に笑いかける。
「私が遊びに行ったときのために、おいしいお店、リサーチしときなさい」
「……うん」
 がこん、と学校の古い暖房が大きな音をたてて動き始める。それにひどく驚いた私たちは、互いに顔を見合わせて笑いあった。
「そろそろ、帰ろうか」
「うん」
 しんしんと降り積もる雪は、外灯に照らされきらきらと足跡を消していく。 でも、それは歩いたという事実を消していくわけではない。誰が見ていなくても、誰に知られていなくても、そこには歩いたという事実が確かにある。
 私たちがこの学校で暮らした三年間の名残は、いつか跡形もなく消えていく。けれど、ここで暮らした事実は心の中にある。
「春ぅ!」
 先を歩いていた由美が手を振る。小走りで横に並んだ私は、少しだけ振り向いて学校を見た。
 少し古い校舎は、何人もの生徒をこうして見送っていたのだろう。物も言わず、静かに私たちを見守ってくれていたのだろう。
「ありがとう、ございました」
 お辞儀をして顔をあげると、目の前に雪がひとつ降ってきた。それを手のひらに載せる。すると、雪は一瞬だけ、つんと冷たい感触を残し水へと変わった。
 空を見上げると、雪が止んだことに気づいた。澄んだ冬の空気で星がいつもより綺麗に見える。
 この綺麗な空も、冷たい風も、いずれは春へと変わる。時間はゆっくりと、でも確かに流れている。
 その流れの中で、大切な思い出は寂しさを埋めるためでなく、力へと変えていくためにある。
 そうして、いつか再び会うその日まで歩いていく。
 でも今は。
 今だけは、由美と二人、なんてことのないただのファーストフード店で立ち止まって、楽しくおしゃべりをしていよう。
 切ないけれど、寂しいけれど、なぜだか心地いい、この気持ちを噛みしめるために。
 そして別れ際に、いつものように笑いながら言おう。

 ――またね。
作品名:またね 作家名:たららんち