『 鯖いばる 』
その部屋に、ではなく、私の周りに。
私は立ち上がり、辺りを見回した。部屋の壁は見当たらず、そこには何もなかった。
空間の中に私は1人、立っており、見慣れた風景も人もない。
昨夜は確か、酒、テレビ、風呂は忘れて寝床へ入って ――――――――――
ふと私は、手に本を持っていることに気付いた。
タイトルは誰でも知っている本で、分厚い表紙と飾り文字のハードカバーだった。
何故、私は1人なのか。何故、この本なのか。すると、本が口を開いた。
【俺たち、生き残った】
地はあるが空はなく、雲も星もない。だが、また作られるに違いない。
【お前、俺の次に長生き】
40歳を過ぎ、そこからは確か。金属音がそよ風のように耳を掠めていった。
私は、少し枯れた木に向かって歩き始めた。腰がやや痛み、耳の奥に痛みがあったが、頭はすっきりと冴え、澄んだ空気が肺に向かって流れ込んでくるのを感じる。
木の幹はつるりとしていて既に皮は剥がれ落ちた後だったが、節だけはあちらこちらにあり、枯れた葉が数枚ぶら下がっていた。
実のところ、目に入るのはこの木一本だけで特に緑も見当たらず、といって地面は荒れ果てているでもない。私が着ているのは特に気に入っていた上着でもなく、しかし肌寒い気温に合った服である。何故ここにこうしているのかということは思い出したのだが、私は生きていることが信じられなかった。
【お前が、質問ばかりしてたから】
本が私の疑問に答え、私は頷いた。確かにそうだな、そうなんだろう。
木の根元に座り込み、手と手、足と足を合わせるポーズを真似てみた。
この様にして人は答えを得、しかし答えはここにある。
【俺が雑魚呼ばわりされたから】
本が再び私に答えた。
【世界一のシナリオなのに】