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志井一鷹の独白

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一人称視点 過去の話

 雨宿小色は異質な存在だった。
 その容姿も然ることながら、決して群れを作らずまた群れの中にも入ることはなかった。事実、俺が小色と知り合って二年と少し経つが、他の誰かと肩を並べているところを見たことがない。
 小色が入学してから半年が過ぎた時には、既に学校内で有名になっていた。その姿も、立ち振舞いも、全てが、好奇の目に晒されていたのだ。
 物珍しさに、男女問わず小色へ近付く。生憎小色は女嫌いで、また軟派な男も好まなかった。いつだったか、まだ名も知らぬ存在の小色を構内の食堂で見かけた時、常に眉間に皺が寄っていて、窮屈そうな人生を歩んでいると哀れんだものだ。
 小色の話は、意識すればすぐに耳へ飛び込んで来た。願望に近い憧れや羨望や妬み、それから根も葉もない噂など、聞きたくもない事のほうが多かった。
 誰かれ構わず噂されているのは気付いていたはずなのに、当の小色は毅然としていて、その信念の旗が手折れることはなかった。低俗な弄りにも、小色は全くの反応を示さない。その芯の強さの正体を、小さな好奇心が暴きたいと叫び出す。
 背中を曲げることなく、まっすぐ前を向いて歩く小色を、一度だけ呼び止めた。振り向いて目が合ったその真っ青な眼の色を、忘れることはないだろう。長い睫毛だな、と暢気に考えた。
 なにか、とやや非難する声音で小色は俺に呼応する。思ったより低い声だった。けれど悪くない。胸元から名刺を取り出し、研究室の教室を示す。興味があったら見学に来て欲しいと伝えると、目を丸くさせた。
 「なんで俺」訝しんでいる声を隠そうともせず小色は言い放つ。俺は当然のように答えた。「お前に興味ないやつなんて、この学校のどこにもいないよ」と。
 それから小色は二日後に研究室へ訪れた。正直来ると思っていなかったので驚いたが、研究対象そのものではなく、研究する事それ自体に興味があったようだ。
 研究の過程のレポートやサンプルのシャーレを、小色は子供のような目で見ていた。
 「あんたOBなんだって?」「いつからこれやってるの?」「俺でも出来る?難しくない?」
 小色は普段の姿とは違い、興味のある事には饒舌になるようだった。あの雨宿小色が、研究という名目をフィルターとして自分に興味を持っている。それだけでも悪い気はしなかった。
 「お前可愛いな」言われ慣れたであろう賛辞を贈ると、あろうことか小色は顔を真赤にさせて俯いた。なんだこの反応は。手を伸ばそうとすると、自分の右手を左手で握り締め、こちらを伺うように目線を上げた小色と目が合う。
 一番最初に見た時と同じ、綺麗な碧色だった。咄嗟に肩に触れ、その小さな背中を抱き締める。女性のように柔らかい訳でもないのに、妙に抱き心地が良かった。
 「驚いた」俺の腕の中で小色は拒否するでもなく、されるがままに動かなかった。言葉通りに驚き、小色も動けなかったのだろう。
 「志井さんてノンケだと思ってた」「ノンケだよ、女しか好きじゃない」不満そうに小色が唸る。後頭部を撫でると、猫のように頬をすり寄せて来た。
 しばらくそうしていると、小色が名残惜しそうに腕を張ってぬくもりから遠ざかる。鞄を掴み、教室を出ようと扉に手をかけた時、こちらを振り向いた。
 「明日何時?」「10時までに来てくれたらいい」「わかった」小色が研究室に訪れてから退室まで、1時間もかからなかったと思うが、なんとなく小色の人となりが分かったような気がした。
 小色は確かに綺麗な顔立ちをしている。愛想笑いも、腰を低くすることもない。凛とした姿勢が美しく、見るもの全ての視線を奪う。しかし同性であることは明白だった。
 肩幅や腕、歩き方や喋り方など、どれを取っても女性に見える筈がなく、勿論俺にも男を抱く趣味はない。なのに何故、咄嗟に手が出てしまったのか。今でもその謎は解けていない。
 そして翌朝、だらりと伸ばされていた髪は後ろできちんと結い、動きやすい服装で、言葉通り10時には研究室へ訪れた。予備の白衣を作業着として貸すと、小色は少し嬉しそうにそれに袖を通した。
 「デカイな」「志井さんが大きすぎる」「いいじゃん、萌え袖だろ。可愛い」また赤面する。小色は直接的に褒められる事に慣れていないようだった。
 「何で志井さん簡単にそんな事言うの」「悪いな、嘘はつけない主義なんだ」痛い。背中を叩かれた。「お前手出るの早くないか」「志井さんよりマシだ」「そうだな」言いながら抱き締めると、今度は抵抗された。
 志井さん嫌いだ、と頬をむくませる小色がとても愛しいと思う。「そうか、俺はお前の事結構好きだよ」「そういうこと言うのやめて」思ったより真剣な声が返って来た。
 はあ、なるほど。でも安心していい。お前は俺を好きにはならないよ、絶対。
作品名:志井一鷹の独白 作家名:桐重