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焼き付いて消えない

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慣れないスーツを身に纏い、鏡の前に立った。
 制服に似ているけれども、制服とは違って着せられているという印象を受けてしまう。着こなすにはまだまだ時間が掛かりそうだと、思わずため息を吐いた。
 今更、姿を変えられるわけでもなく、諦めて居間の時計を確認する。出る予定の時刻には少し早いけれど、母親に遅れないようにと注意されてしまったので出かけるしかなくなった。
 下ろしたての真っ黒のカバンを持って、玄関を出る。マンションの友人に羨ましがられる住宅街の一軒家だが、物心ついた頃から住んでいる晶には何が羨ましいのかよくわからなかった。年季の入ったボロ家よりも、綺麗な新築のマンションに住んでいる方が羨ましい。
 ここに住んで唯一、良かったことといえば、だ。
「あれ、晶?」
 ふと顔を上げれば、隣の家から出てきた青年が一人。
「誠兄!」
 思わず声を上げて、銀縁眼鏡を掛けた華奢な男に駆け寄る。
「おー、スーツだ。入学式だっけ? 似合う似合う」
 頭をくしゃりと撫でられた。晶よりも少し大きな手のひらが、短めの髪で遊んでいる。
 晶にとって誠介は小さな頃から慣れ親しんだお隣さんであり、憧れのお兄さんだった。いつまでも子供扱いのような態度が抜けないが、それでもこうやって触れられるのは純粋に嬉しいと思ってしまう。
「あ、そうだ」
 不意に手が離れた。そのことに物寂しさを感じても、それに気づかないフリをする。
 誠介はガサゴソと自身のカバンの中を漁り、円形のケースを取り出した。中には白いクリーム。
「晶、ちょっとそのままで動かないでね」
 手のひらに刷り込むように広げると、その手で再び晶の頭に触れられた。
「僕ので悪いけど」
 軽く乱されて、髪の毛が無造作に跳ねている。いわゆる、ワックスというやつだろう。お洒落に興味のなかった晶には、日常的に使うことのなかったものだ。
 どこに入れていたのか小さな鏡まで差し出されて、先ほどまでと違う髪型を見せ付けられた。その変化に、まるで誠介の手が魔法の手のように思えた。
「うん、良い感じ」
「あ、ありがとう」
 満足そうに笑う誠介に思わず見とれそうになる。眼鏡のせいで印象が薄くなるが、男の晶から見ても誠介は綺麗といえるほど顔が整っている。


作品名:焼き付いて消えない 作家名:すずしろ