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漢字一文字の旅  紫式部市民文化特別賞受賞作品

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16―5 【鍋】

 【鍋】、この字の右部は元々死者の残骨を器に入れて祈ることとか。そして、丸底の金属製の器を【鍋】というらしい。

 そんな【鍋】、冬はなんと言っても【鍋】料理だ。
 寄せ鍋、ちり鍋、もつ鍋、牡丹鍋、それに最近はカレー鍋まである。
 ざっくざっくと切った白菜などと魚に鳥、そして豚肉など……、鍋奉行の指示にしたがいグツグツと炊けば美味しい鍋となる。
 カロリーも低く、かつ栄養のバランスも取れている。その上にホッカホカと暖まり、まさに命が蘇ってくる。

 しかし、こんな文句の付けようのない【鍋】、この【鍋】だけは──ちょっと危ない。下手すると命の危険さえもある。
 それは『闇鍋』(やみなべ)。

 要は、食材は一品持ち寄りで、秘密。
 鍋の湯が沸騰してきたら、電灯をパチンと消す。これで室内は一寸先も真っ暗闇。ここで、各自持ち寄りの秘密の材料を鍋に放り込むのだ。
 つまりこんな『闇鍋』、あくまでも各位の善意で成り立つ【鍋】なのだ。

 学生時代、冬の下宿、それは極寒状態。ここは暖まりたい。悪友たちと【鍋】でも食べようかと。
 しかし、みんな極貧で、人にお見せできるような食材は買えない。ならば、善意ある友情を信じ『闇鍋』でと。

 下宿の裸電球を消した。四畳半の部屋は真っ暗闇に。悪友たちの食材が【鍋】に放り込まれた。そして、ぐつぐつと。
 煮たって、さあ食べようと摘み上げると……、なんと野菜のヘタばっかり。八百屋からただで分けてもらってきたのだろう。
 それと得体の知れぬ、犬がしゃぶるような骨付き肉、いや完璧に骨。これも肉屋のお下がりか?

 そして、中に湯葉のようなものが──ふわりふわりと。
 摘み上げれば、レースのハンカチ。
 友人の弁によれば、マドンナのノンちゃんにもらってきたと。その言い訳は、鍋をマドンナ味にしたかったとか。

 こんな『闇鍋』、もちろん善意で成り立ってはいたが、危険過ぎる。
 しかし、それは充分以上に、心だけは暖めてくれたのだ。

 とにかく、【鍋】、箸でつついた数だけ、思い出を刻んでくれるものなの……かもな?