このホテリアにこの銃を (下)
20 鎧
君をこうして
抱きしめてると
よくよく狐に
つままれる
ただでさえ
華奢でか細い
君の体の
いったいどこに
僕の鎧を
脱がせる魔法を
隠してた?
親に棄てられ
養子に出された
鬱屈と
肩身の狭さ
身よりもいない
異国の土地で
他人に伍して
生きていくには
何が何でも
忘れたかった
負けるのも
見くびられるのも
理由は1つ
-弱いから-
それが嫌なら
這い上がるまで
そう
心に刻んで
生き延びた
胸襟開いて
語り合うだの
誰かに心底
共感するだの
物心ついてこのかた
ただの1度も
経験はない
人に心を
許してみたり
迂闊に情に
ほだされるなど
愚の骨頂
遅かれ早かれ
疎んじられて
捨てられるだけと
身よりもいない
異国の土地で
生き延びながら
身もふたもない
教訓学んだ
救いがたい
僕の偏狭も
貪欲も
傲慢も
異国で学んだ
この教訓と
選んだ生業(なりわい)の
さもしい産物
買収の敵と
みなせば即
力づくで
なぎ倒すなり
周到に
お膳立てして
有無を言わさず
葬り去るなり
何にせよ
相手が頭を
垂れるまで
手を緩めようとは
思わなかった
そのたびに
もちろん金は
面白いほど
ついてきたけど
あっけなかった
その僕が
君に負けた
武器も
標的も
戦略も
どれ1つとして
持たないどころか
飾らない
屈託もない
裏表もない
ないない尽くしで
何ひとつ
疑いもせず
巧むことなく
人の心に
寄り添う君に
僕は負けた
頑なな
僕の心が
着込んだ鎧
君は苦もなく
脱がせてみせた
造作なかった
ホテリアとしての
顔であれ
素の顔であれ
君ほど
無邪気に
楽しげに
本能が
忖度してしまう人を
僕は知らない
他人のことが
放っとけなくて
見て見ぬふりが
できなくて
何よりも
君の心が
他人の心に
寄り添いたがる
喜怒哀楽を
共にしたがる
この僕に対しても
徹頭徹尾
そうだった
人として
許されざる
僕の破廉恥
えげつない
買収攻勢
そのさなかですら
やめなかった
負けという結果を
怖がるなと
意味ある負けなら
喫していいと
一人ぼっちで
肩ひじ張って
楽しいかと
人の懐に
飛び込む酔狂
人の心を
待つ酔狂
君は
やめようとは
しなかった
たとえ無理強い
されたところで
幼いころから
着込んだ鎧
意地でも
脱ぎはしなかったろう
でも
あるときふと
思いもかけず
愛しくて
愛しくて
ならないものが
自分自身の
すぐそばに
寄り添ってくれてることに
気づいたら
片時も離れず
寄り添って
倦むことなく
待ってくれてると
気づいたら
こんな僕でも
いいかげん
脱ぎたくもなる
頑なな
心の鎧
それでなくても
不格好で
重苦しくて
うっとうしい
僕の鎧
それだけじゃない
毎日毎日
笑って怒って
大忙しで
ひとつ所に
じっとなど
してない君に
感心したり
慰めたり
一緒になって
胆冷やしたり
それも
大笑いひとつ
ままならない
窮屈な
鎧着込んで
つきあう我が身が
いいかげん
馬鹿らしくなる
身軽にだって
なりたくなる
そして
気づいたらもう
本当に
身が軽かった
知らないうちに
自分で鎧を
脱いで棄ててた
頑固で物好きな
誰かさんが
寄り添いつづけて
くれたお陰で
いつの間にか
鎧の中は
悔しいくらいに
温かくて
脱いだところで
うすら寒さも
殻を失くした
心細さも
これまた
悔しくなるくらい
微塵も
感じなかったから
いつ脱いだやら
どこでどうして
棄てたやら
今となっては
知る由もない
作品名:このホテリアにこの銃を (下) 作家名:懐拳