non title
だって、そうだろう。
相手の一挙手一投足にまで目が留まっちまうとかありえないじゃん。
面倒くさいとかって思わないんだろうか。
仕事で他人に揉まれて、近所でも他人に揉まれて、プライベートまで他人と一緒だなんて、絶対に考えられない。
ってのは、単なる言い訳で、昔っから俺ってそういうの向いてないっていうか、単純にモテないだけだ。
だったら、自分から突っ込んでいけばいいじゃんって思うかもしれないけど、そもそもだったら三十間近になっても彼女が1度も出来たりしなかった
わけなくって、童貞でもないと思うわけだ。
自分から相手に突っ込んでいくってどういう心境でいけるんだろうって思う。
だって、そうだろ?
無理矢理突っ込んでいった挙句、相手には全く脈もなくって、砕け散って、傷ついて、毎日浴びるほどにアルコール飲んで、ギャンブルに走って、挙
句、とことん堕ちていって―――って、流石にこれは言い過ぎかもしれねぇけど、そうなってしまった時の立ち直る自信が全くない。
そう、俺はいつだって自分という人間に自信がない。
小さい頃から勉強だって出来なかったし、運動だって苦手だ。
絵も描けないし、音楽だって苦手だし、不器用だし、不細工だし、卑屈だし、女々しいし、仕事もダメだし、だったら、家事をって思っても、家事だ
ってこの上なくダメだ。
何でこうもどうしようもない人間が出来たんだろうって思う。
神様って奴が本当にいるんだったとしたら、不公平なことこの上ない。
そんなことをあいつに言ったら、鼻で笑われた。
ああ、そうだよな。
お前には判らないよな、俺の気持なんて。
昔っから、モテまくってて、女には1度たりとも不自由したことのないお前に俺の気持なんて―――。
「え?あ……?」
俺は今、一体全体こいつに何をされた?
「キスも初めてか?」
「あ?」
「キスも初めてかって聞いたんだよ」
「………」
マジマジと俺はこいつの整った顔を見やった。
幼馴染のこいつ。
小さい頃からずっと一緒で、幼稚園も、小学校も、中学も高校も―――果ては職場まで一緒ときたもんだ。
今は何故か住んでる部屋まで隣同士。
親同士が仲が良かったってのもあるが、俺にとっては正直ずっとこいつと一緒なのは辛かった。
そりゃ、幼稚園や小学校の時とかはそんなことあんまり考えたことなかったけど、中学にあがって、こいつが女にモテる奴なんだって判った時には、
既に俺は卑屈な性格になってた。
ああ、そうだ。
俺がこんな性格になったのは、半分こいつのせいかもしれない。
俺とは全く真逆といっていい存在。
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能ときている。加えて、誰にでも愛想もいいもんだから、先生たちにも好かれ、今では上司や最近出来た部下たちに
も慕われている。
そんな男だ。
女たちが放っておくはずがないんだ。
俺はいつだって、目の前のこいつが女と一緒にいるのを見てきた。
ずっと同じ女だったってことは1度だってない。いや、2,3ヶ月続くことはあったかもしれないが、とっかえひっかえだったのは俺の勘違いじゃな
いはずだ。いや、2,3人同時進行だったことも少なくはないだろう。
そんな奴なのに、女は何故こいつに惚れるんだろう。捨てられても、同時進行されてもいいってくらいこいつがいい男なのか?
いや、確かにいい男なのは事実ではあるが、でも、俺にとって、こいつは常に俺を卑屈にさせる存在で、俺なんて本当に生まれてこなきゃ良かったん
じゃないかって思わせてくれる存在以外何者でもないんだ。
だったら、さっさとこいつと離れて、別々の道を歩めばいいって俺自身でも思うんだが……。
「その顔見りゃ、初めてだな」
「は?」
「初めてなんだろ、キス」
「………」
「じゃあ、セックスなんて耳にも口にもしたことねぇだろう」
「馬鹿、言うな、口にしたことくらい…!」
「したことは?」
「っ!?」
「したことはあんのか?」
「………」
ああ、腹が立つ。
何でいつもこいつは俺を腹立たせるんだろう。
卑屈にならせるだけじゃ物足りず、更に怒りまで感じさせるなんて。
俺といる時はいつだって性格悪いし、愛想の欠片だってないし、何よりもそのニヤニヤ笑う顔が気に入らない。
さっさとどっかへ行っちまおう。
もうマジで。
怒りを隠すこともせずに、俺はこいつの側からさっさと離れる。
が、手首を掴まれたかと思うと、勢いよく引っ張られた。
「何を……っ!?」
俺が文句を言う間もなく、塞がれた唇。
呆気に取られてしまって微動だにすることすら出来ないし、頭の中はパニック状態で、今自分の身に何が起きてるのかすら考えることが出来ないでい
る。
目を閉じることもなく、強い視線が注げられる。
抵抗しないことに気をよくしたわけでもないだろうが、こじ開けて入りこもうとしてくる物体に気づいて、俺は漸く自分が何をされているのかを悟っ
た、
入り込んでこようとした舌に容赦なく噛み付いてやる。
「っ……!!」
痛みを感じて、流石に離さないわけにはいかなくなったのだろう。
小さな悲鳴を上げて、俺の身体は簡単に離れた。
このままずらかってしまうのがいいだろう。
今度こそ本当に。
「………っ!!」
背中に向かって何か怒鳴っている声が聞こえててきたが、俺はそれを聞こえないフリで、さっさとその場から逃げたのだった。