源内倶楽部 3
吉原からほろ酔いの帰り道。生憎と月は雲に隠れて辺りは漆黒の闇。足元は駕籠の担ぎ棒の先にぶら下がっている提灯のみが頼み。
源内一行は通りの木戸の閉まらぬうちにと急いでいた。
「浅右衛門様、何やら嫌な気配がいたしすが」
蔵造が後をつけられている様な気配を感じて、浅右衛門に囁いた。
「蔵造殿にはおわかりか」
浅右衛門は気配が分かった。やはりただの手代ではないなと改めて思った。
「いえ、そんな気がしましただけで」
「半刻ほど前から後をついてきていますな。しかし危険はない様です」
浅右衛門もその気配は前から気付いていた。しかし、ただ後をついて来るだけで襲って来る様な危険な殺気を感じていなかったので様子をみる事にしていた。
源内達はそのまましばらく進んだ。
「旦那、今度はあっしにも分かりますぜ」
伊左次が後をまたつけられていると言い出した。
「止まらずにそのまま参りましょう」
浅右衛門が伊左次に耳打ちした。
「やっと出ますか」
帰雲が浅右衛門に近付き、何かを期待でもしていたかの様な、ちょっと弾んだ声で確かめた。
「いえ、先程のは途中で消えました。しかし今度は前とは違う連中です」
「ほほー、新手でござるか」
「今度のは早めに片付けた方がよろしい様です」
新手の曲者は伊左次にも見抜けた。
それは程度の低い連中か荒っぽい連中だろうと浅右衛門は見抜いていた。
「それは面倒な」
「それでは手はず通りに伊左次殿。みな様もお願い致します」
源内達は大通りから外れて脇の路地に入った。
次の路地で角を曲がると、それまで縦一列に歩いていた。源内の乗った駕篭の右脇に浅右衛門と豊吉それに伊左次。その反対側を蔵造と臥煙の三吉が、さらに駕籠の後ろに帰雲と良信それに臥煙の吉次の三人とに、各々分かれて駕籠を囲む守りの並び変えた。
浅右衛門達は何ごとも無かった様に歩き続けた。
「大丈夫ですかい旦那方」
吉次が帰雲と良信に確かめる様に聞いた。
「これしき大丈夫よ。久しぶりの吉原遊びで飲み過ぎたようじゃが。良信殿はいかが」
「おお、たのしゅうござった・・・いやいや大丈夫じゃよ」
「本当に大丈夫ですかい」
「何かあったのかい、道が違うようだか」
駕籠の中から源内が気配を感じて浅右衛門にたずねた。
「何でもございませぬ、野良犬が後をついて来るだけでございます」
「旦那、まだついてきますぜ」
「面倒な事にならぬうちに、早めに片付けましょう」
浅右衛門達が守りの隊形に変えたのに、そのまま構わず後をつけて来るのは、必ず襲って来るつもりで機会を計っているか、無能が故の実力を過信している厄介な連中だろうと浅右衛門は判断した。
それに帰雲と良信のおぼつかない足取りが少々気になっていた事もあった。
浅右衛門が次の角を曲がると同時に、路地の奥の闇に消えていった。
「大丈夫かい」
源内が心配して駕籠の簾の隙間から浅右衛門の消えた路地の奥を見つめて呟いた。
「山田殿ならばすぐに片付けて戻られるでございましょう。案ずる事はございません」
「心配なのはお前さん達だよ」
帰雲と良信は照れくさそうに駕籠の後ろを黙って歩いた。
大通りから外れた路地の闇の中。数人の男達が源内達の後をつけていた。
「何か用かな」
突然闇の中から声がして不意をつかれた男達がびっくり仰天その場に立ちすくんだ。
男達が後ろをふりかえると、浅右衛門が闇の中からあらわれた。
「な・・・なんでもねー」
「用が無ければすぐに立ち去れ」
源内達の駕篭が闇の奥に遠のいて行く。
男達の中で頭格の男が吐き捨てる様に舌打ちした。
「ご用の筋だ。邪魔するとお武家でもおためになりませんぜ」
男は懐から十手を出してちらつかせてすごんで見せた。
「岡っ引き殿か」
「そうさお上の御用だ、こんな夜更けに急いでいるのは盗人か、大方千両箱でも運んでいるのだろう」
「親方、駕籠がいっちまいますぜ」
「ええぃ、構わね加勢が来る前にさんぴん一人だ、さっさと片付けちまえ!」
岡っ引きは十手を懐にしまうと、腰に差してた小刀を抜いた。
手下の連中も、懐の合口を抜いて浅右衛門の回りを取り囲んだ。
「仕方がない、怪我をするぞ」
「しゃらくせー、早いとこやっちまえ!」
岡っ引が小刀を振り回してつっこん来た。
同時に浅右衛門も動いた。一瞬、岡っ引き達の間を浅右衛門が風のごとく通り抜けた。
それはあっという間だった。岡っ引きと手下の三人が気を失って道端に転がっていた。
源内の駕篭の側に浅右衛門が戻って来た。
「すみましたか、何者でした」
すぐに帰雲が近寄って来た。
「たちの悪い目明しでございます。盗人が金を運んでいると勘違いして奪い取ろうと考えた様です」
「切ったのかい」
源内が駕籠の戸を開けて浅右衛門に聞いた。
「いえ、峰打ちでございます」
「なんと幸せな連中ですな、山田殿に峰打ちを頂くとは」
良信が少し皮肉を込めて言った。
「それがよろしい、無駄な殺生はいけませんからな」
源内達は、また先を急いで歩き出した。
「先程の先客は何者でござるかな」
「目付の探索方ではと、得体の知れぬ連中が吉原で騒いでいたので、ついて来たのでしょう。こちらがつけられていると分った途端消えました」
「豊吉」
突然、浅右衛門が豊吉を呼んだ。
「父上、何でございますか」
駆け寄って来た豊吉に浅右衛門が耳打ちした。
頷いてすぐに豊吉が走る。
「伊左次殿、しばらくここで待ちましょう」
「へぃ」
駕籠が下ろされた。浅右衛門は豊吉の走り去った闇を黙って見つめる。
「何事でござる、また曲者でも」
「前方に殺気が」
すぐに豊吉が小走りで戻って来た。
「いかがであった」
「はい、一人のお方に三人掛かりで諍いかと、物取りではないようです」
「多勢に無勢か」
浅右衛門と豊吉の話を聞いていた伊左次が喧嘩と聞いて、一日中おとなしくしていた虫が動き出して押さえきれなくなった。
「旦那、今度はあっしらが、なーに喧嘩ならまかしてくだせー。野郎供行くぜ!」
言うが早いか浅右衛門の返事も聞かずに伊左次が真っ先に走り出した。
「待ってました」
「ありがてー」
三吉や吉次達ほかの臥達も水を得た魚の様に威勢よく伊左治を追って飛び出した。
「わたしくも」
豊吉も伊左次に刺激されて後を追って走った。
「豊吉!」
浅右衛門の声にも振り返えらず豊吉は走って行く。その豊吉の背中を見ている浅右衛門の顔は父親の顔に戻っていた。
「大丈夫でございましょう、分かります親としては心配ですからな」
帰雲が浅右衛門に声を掛けた。
「それにしても、伊左次達で大丈夫かの、喧嘩と言っても仲裁ではなくて三度の飯より喧嘩が好きな連中じゃからのう、こちらの方が心配じゃわい」
「俺を勝と知っての闇討ちか」
「腕の一本もへし折ればいいだろう」
「ひと思いにやってしまうか」
「そんな金はもらってないぞ」
「誰だ、誰に頼まれた」
林太郎は塀を背にして浪人達に追い詰められていた。
「早いとこ片付けようぜ」
「可哀想だが、出しゃばるとこうなると言う事らしい。俺達も商売だ悪く思うなよ」
源内一行は通りの木戸の閉まらぬうちにと急いでいた。
「浅右衛門様、何やら嫌な気配がいたしすが」
蔵造が後をつけられている様な気配を感じて、浅右衛門に囁いた。
「蔵造殿にはおわかりか」
浅右衛門は気配が分かった。やはりただの手代ではないなと改めて思った。
「いえ、そんな気がしましただけで」
「半刻ほど前から後をついてきていますな。しかし危険はない様です」
浅右衛門もその気配は前から気付いていた。しかし、ただ後をついて来るだけで襲って来る様な危険な殺気を感じていなかったので様子をみる事にしていた。
源内達はそのまましばらく進んだ。
「旦那、今度はあっしにも分かりますぜ」
伊左次が後をまたつけられていると言い出した。
「止まらずにそのまま参りましょう」
浅右衛門が伊左次に耳打ちした。
「やっと出ますか」
帰雲が浅右衛門に近付き、何かを期待でもしていたかの様な、ちょっと弾んだ声で確かめた。
「いえ、先程のは途中で消えました。しかし今度は前とは違う連中です」
「ほほー、新手でござるか」
「今度のは早めに片付けた方がよろしい様です」
新手の曲者は伊左次にも見抜けた。
それは程度の低い連中か荒っぽい連中だろうと浅右衛門は見抜いていた。
「それは面倒な」
「それでは手はず通りに伊左次殿。みな様もお願い致します」
源内達は大通りから外れて脇の路地に入った。
次の路地で角を曲がると、それまで縦一列に歩いていた。源内の乗った駕篭の右脇に浅右衛門と豊吉それに伊左次。その反対側を蔵造と臥煙の三吉が、さらに駕籠の後ろに帰雲と良信それに臥煙の吉次の三人とに、各々分かれて駕籠を囲む守りの並び変えた。
浅右衛門達は何ごとも無かった様に歩き続けた。
「大丈夫ですかい旦那方」
吉次が帰雲と良信に確かめる様に聞いた。
「これしき大丈夫よ。久しぶりの吉原遊びで飲み過ぎたようじゃが。良信殿はいかが」
「おお、たのしゅうござった・・・いやいや大丈夫じゃよ」
「本当に大丈夫ですかい」
「何かあったのかい、道が違うようだか」
駕籠の中から源内が気配を感じて浅右衛門にたずねた。
「何でもございませぬ、野良犬が後をついて来るだけでございます」
「旦那、まだついてきますぜ」
「面倒な事にならぬうちに、早めに片付けましょう」
浅右衛門達が守りの隊形に変えたのに、そのまま構わず後をつけて来るのは、必ず襲って来るつもりで機会を計っているか、無能が故の実力を過信している厄介な連中だろうと浅右衛門は判断した。
それに帰雲と良信のおぼつかない足取りが少々気になっていた事もあった。
浅右衛門が次の角を曲がると同時に、路地の奥の闇に消えていった。
「大丈夫かい」
源内が心配して駕籠の簾の隙間から浅右衛門の消えた路地の奥を見つめて呟いた。
「山田殿ならばすぐに片付けて戻られるでございましょう。案ずる事はございません」
「心配なのはお前さん達だよ」
帰雲と良信は照れくさそうに駕籠の後ろを黙って歩いた。
大通りから外れた路地の闇の中。数人の男達が源内達の後をつけていた。
「何か用かな」
突然闇の中から声がして不意をつかれた男達がびっくり仰天その場に立ちすくんだ。
男達が後ろをふりかえると、浅右衛門が闇の中からあらわれた。
「な・・・なんでもねー」
「用が無ければすぐに立ち去れ」
源内達の駕篭が闇の奥に遠のいて行く。
男達の中で頭格の男が吐き捨てる様に舌打ちした。
「ご用の筋だ。邪魔するとお武家でもおためになりませんぜ」
男は懐から十手を出してちらつかせてすごんで見せた。
「岡っ引き殿か」
「そうさお上の御用だ、こんな夜更けに急いでいるのは盗人か、大方千両箱でも運んでいるのだろう」
「親方、駕籠がいっちまいますぜ」
「ええぃ、構わね加勢が来る前にさんぴん一人だ、さっさと片付けちまえ!」
岡っ引きは十手を懐にしまうと、腰に差してた小刀を抜いた。
手下の連中も、懐の合口を抜いて浅右衛門の回りを取り囲んだ。
「仕方がない、怪我をするぞ」
「しゃらくせー、早いとこやっちまえ!」
岡っ引が小刀を振り回してつっこん来た。
同時に浅右衛門も動いた。一瞬、岡っ引き達の間を浅右衛門が風のごとく通り抜けた。
それはあっという間だった。岡っ引きと手下の三人が気を失って道端に転がっていた。
源内の駕篭の側に浅右衛門が戻って来た。
「すみましたか、何者でした」
すぐに帰雲が近寄って来た。
「たちの悪い目明しでございます。盗人が金を運んでいると勘違いして奪い取ろうと考えた様です」
「切ったのかい」
源内が駕籠の戸を開けて浅右衛門に聞いた。
「いえ、峰打ちでございます」
「なんと幸せな連中ですな、山田殿に峰打ちを頂くとは」
良信が少し皮肉を込めて言った。
「それがよろしい、無駄な殺生はいけませんからな」
源内達は、また先を急いで歩き出した。
「先程の先客は何者でござるかな」
「目付の探索方ではと、得体の知れぬ連中が吉原で騒いでいたので、ついて来たのでしょう。こちらがつけられていると分った途端消えました」
「豊吉」
突然、浅右衛門が豊吉を呼んだ。
「父上、何でございますか」
駆け寄って来た豊吉に浅右衛門が耳打ちした。
頷いてすぐに豊吉が走る。
「伊左次殿、しばらくここで待ちましょう」
「へぃ」
駕籠が下ろされた。浅右衛門は豊吉の走り去った闇を黙って見つめる。
「何事でござる、また曲者でも」
「前方に殺気が」
すぐに豊吉が小走りで戻って来た。
「いかがであった」
「はい、一人のお方に三人掛かりで諍いかと、物取りではないようです」
「多勢に無勢か」
浅右衛門と豊吉の話を聞いていた伊左次が喧嘩と聞いて、一日中おとなしくしていた虫が動き出して押さえきれなくなった。
「旦那、今度はあっしらが、なーに喧嘩ならまかしてくだせー。野郎供行くぜ!」
言うが早いか浅右衛門の返事も聞かずに伊左次が真っ先に走り出した。
「待ってました」
「ありがてー」
三吉や吉次達ほかの臥達も水を得た魚の様に威勢よく伊左治を追って飛び出した。
「わたしくも」
豊吉も伊左次に刺激されて後を追って走った。
「豊吉!」
浅右衛門の声にも振り返えらず豊吉は走って行く。その豊吉の背中を見ている浅右衛門の顔は父親の顔に戻っていた。
「大丈夫でございましょう、分かります親としては心配ですからな」
帰雲が浅右衛門に声を掛けた。
「それにしても、伊左次達で大丈夫かの、喧嘩と言っても仲裁ではなくて三度の飯より喧嘩が好きな連中じゃからのう、こちらの方が心配じゃわい」
「俺を勝と知っての闇討ちか」
「腕の一本もへし折ればいいだろう」
「ひと思いにやってしまうか」
「そんな金はもらってないぞ」
「誰だ、誰に頼まれた」
林太郎は塀を背にして浪人達に追い詰められていた。
「早いとこ片付けようぜ」
「可哀想だが、出しゃばるとこうなると言う事らしい。俺達も商売だ悪く思うなよ」