ほろほろ
もう長くはないらしい。
彼女は名家の令嬢で、病室の前はいつも黒服でガッチリと固められている。それはまるで入室者を審査する黒い壁――俺のような名もない画家は最早彼女に近づく事すら出来ない。
病に倒れる前、彼女は言っていた。
「空から真っ白な薔薇が降る、そんな絵を見たいわ。私、薔薇の雨に打たれたい」
俺はすぐさまその絵に取り掛かり、そしてそれは完成した。
けれどそれを手渡す術がない。
彼女はもう長くはない。
迷っている時間なんてない。
俺はドラッグストアで安売りされていたティッシュを大量に買い込んだ。
アパートに持ち帰ると、中からティッシュを10枚ほど取り出しじゃばら折りする。真ん中で折って、輪ゴムでとめて広げていけば―――それは花の形になる。
小学校の時の学芸会で作ったこの花を、25もとうに過ぎたというのに未だ作れた事に感動しながら、せっせせっせと折り続けた。
六畳一間の小さな我が家がティッシュの花で埋まるほど大量に作り終えると、それを大きな段ボールに突っ込んで、俺は再び病院へと向かった。
これを彼女の病室の窓から見えるように、屋上から降らせよう!
それが今の俺に出来る精一杯だ……!
―――――その日、令嬢は病室の窓から外を見た。
窓の外では白い物が、次から次へと降り注いでいる。
「まぁ……」
窓をじっと見つめていた令嬢は、溜息交じりに小さく眉をひそめた。
「なんてひどい事を。上からゴミを捨てるだなんて」
ほろほろ 了