天使への遺言
◆6
言い出したのは、またもやマルセルだった。
だが、ランディやゼフェルも同じ思いだったらしい――私が死ぬかもしれない、などと。
おまえの話をまとめるとこうだ。
あの日、三人とも私邸へ戻ったものの、何とも言えぬ苦い思いは残ったらしい。とくにマルセルは熟睡できぬまま起き上がり、ランディに相談して翌朝私の私邸へ向かおうとしたそのとき、ゼフェルから連絡が来た――ゼフェルが私の館へ駆けつけていたということ自体、聞いて私は驚いた。
「あいつ、行っちまいやがった……!」
その言葉にマルセルとランディは愕然とし、マルセルはその場に泣き崩れてしまったとのことだった。そうして、飛空都市からやってきたおまえに、どうにかランディに支えられつつ泣いて詫びながら私が聖地を出てしまったことを告げた。そのようなマルセルを庇いながら同じくランディも反省していると言い、続けた。
……なんせ、あのときのジュリアス様の顔ときたら――
私の顔ときたら?
確かに……あのとき、それこそ三人とも妙な顔をしていたが。
それに、何もマルセルとランディが詫びることはない。
三人……もとい、少なくともマルセルとランディは、決して誤ったことをしていない。
そう私が言うと――おまえが全く私から離れようとしないので、おまえに背中から抱きつかれたまま窓際の床に二人ともどもへたり込んだ状態で――おまえの方を見て言うと、ようやくおまえは腕の力を緩め、少し離れた。
泣き腫らした顔に、うっすらと笑みを浮かべている。そして私を、慈しむようにして見ている。
その笑みに、胸の鼓動が跳ね上がる気がした。
だがおまえは、そのような私の想いを知らぬまま、先程金切り声を上げていたのと同じ者とは思えぬような落ち着きをもった声で言った。
「ぞっとするほど……穏やかで優しかったんですって」
……え?
あまりにも意外な答えに、私は呆然とした。
「それのいったい何が悪いのだ?」
「だから……ぞっとしたそうです」
「人を化け物のように言いおって」
私のそのような言葉に、おまえは苦笑して続ける。
「……ええ。まさにそう。何もかも、すっかり諦めてしまって……生気も覇気もまるでなくて、ただただ穏やかで優しい笑顔だったので、肝を冷やしたそうです」
つまり……これが本当の『肝試し』だった、というわけか。
驚きのあまり、つまらぬことを思いついてしまうということも私は、このたび初めて知った。もちろん、そのようなことは口にしなかったが。
そうして、ついにマルセルが叫んだらしい。
「あのままだとジュリアス様、死んじゃうかも……!」
……と。
「急きょ、他の守護聖様たちとロザリアも集められ、マルセル様が改めて私にお尋ねになりました」
どうしたい?
アンジェリークはどうしたい?
僕たちは女王になってほしいと願っているけれど、その一方で、とんでもないことを――ジュリアス様の希望を台無しにするようなことをやらかしたと思ってる、と。
――私の……希望……?
おまえの話は続く。
「そのとき、ゼフェル様が前に進み出て、おっしゃったんです」
おまえが迷っているようなら伝えてくれって、ジュリアスから言われたぜ。
そう言われて私も、ゼフェルに言った言葉を思い出した。
そうだ、おまえを天使――女王たらしめる言葉を。
「もし、アンジェリークにまだ迷いがあるようなら、こう伝えよ――『おまえだけを必要とする者がいる』とな。こう言えばきっと、彼女もこれから自分が何を為すべきかわかるであろう」
「これは私と、アンジェリークとの間で言い交わしたこと。この言葉を胸に、アンジェリークはエリューシオンとフェリシアの危機を救った。だから、彼女がこの言葉から背を向けるはずがない。何故なら」
「民という存在がアンジェリークを……女王陛下を必要としているのだから」
……って言ってたけどよ?
床の上、膝を躙らせておまえは私の前にまわり、真っ直ぐ私を見据えた。
おまえのその瞳に、私は弱い。
「ゼフェル様の……いえ、ジュリアス様、あなたからのその言葉に私は、はっきりと自分のやるべきことを見い出しました」
そうしておまえは告げる――すぐさま、ロザリアの手を取ったということを。