ジュスティーヌは何をもたらすか
南フランスの某所に佇むとある伯爵家の城の前に、黄金色の首輪をつけた少女が伯爵家の侍女に連れられてやってきた。少女は伯爵の子息に慰み者として売られることになっていた。面目上は少女をその子息の両親の養子、つまりその子息の義の妹にし、子息が援助金を彼らに渡すことになっていた。
これはまだフランスの通貨がリーヴルやらエキュだった時代のことではない。通貨はフランですらなく、ユーロになっていた。
それゆえ人身売買などありえなかった。しかし彼女は子息によってユーロで買い取られた。建前は援助金という名目で。
少女の名はジュスティーヌといった。きらめく黄金色の髪は絹糸のように風になびき、南国の海のような明るい青い瞳はどこか焦点が合っていなかった。肌は雪のように白く、背はフランス人女性としては小柄で百六十センチに達していなかった。少女は花嫁衣裳のような令息に隷属をあたかも誇示するかの純白のドレスを着ていた。侍女が黄金色の首輪に鎖を取り付けたが、ジュスティーヌは顔色一つ変えず侍女に連れられて城の中に入っていった。
「ドミニク様、ジュスティーヌを連れてまいりました」
侍女はジュスティーヌをドミニクと呼んだ人物の前まで連れて行くと、失礼しましたと言って鎖を外して部屋から出て行った。
「そなたがジュスティーヌか」
ジュスティーヌを見つめていたのは二十代半ばほどの女性だった。髪は黒曜石のように黒く、細かいウェーブがかかっていた。肌は陶磁器のように白かった。実際はジュスティーヌと同じくらいの白さであったが、漆黒の髪のおかげでジュスティーヌよりはるかに白く見えた。瞳は灰色に近い、橄欖石のような緑色だった。
「はい。ドミニクさんはどちらですか」
「私だ。私がドミニクだ」
ジュスティーヌはドミニクによって買い取られることになっていたが、伯爵の子息というのはドミニクのことで、少女の目の前にいる女性こそドミニクだった。
ジュスティーヌはドミニクの慰み者にもなることになっていた。そのため、ジュスティーヌはドミニクという伯爵の子息のいわば愛人のようなものになることを覚悟していた。そしてドミニクは確かに実在し、ジュスティーヌの前に現れた。しかしドミニクは女性だったのである。
フランス語はすぐに人物の性別が分かってしまう言語であるはずなのに、何故ドミニクが女性だと分からなかったのか。なぜならばやり取りは全て英語で取り交わされ、性別が断定できる言葉は極力排除されていたからである。
ドミニクという名前はフランス人の名前としては男女ともにある名前だ。しかし、ジュスティーヌを愛人とするということは男性としか想定しようが無かった。
「あなたのお父様の愛人になるのですか」
伯爵の当主なら、愛人の一人や二人いてもおかしくはない。もしかしてこの女性、ドミニクの父親の名もまたドミニクというのかもしれない、とジュスティーヌは考えた。
「書面のとおり、私につかえてもらう」
女性は「私に」と言った。つまり書面に書いてあったドミニクとは彼女のことで間違いなかった。
「ええと、書面にはドミニクさんの一切のお世話を、時には性的な慰み者にもと書いてありましたが……あの」
「そなたが言ったとおりだ」
「あの、どういう意味ですか」
「だからそなたが言ったとおりの意味だ」
「ドミニクさん、あなた……女性ですよね」
どうやらジュスティーヌにとってその考えは想定外だったようだ。
「相手の仕方が分からないのか。そんなもの教えてやるといいつつ、私も処女なわけでね……まあ、想像だけは熟練しているよ」
「つまり、要約すれば、あなたはサッフォー的な趣味をお持ちということで」
サッフォーとは古代ギリシャの女詩人で、レスボス島(現在ではミティリニ島ともいう)で少女たちを囲んでいた人物であり、いわゆる「レズビアン」の語源になった人物である。つまりドミニクは男ではなく女性を好んでいた。
「まあ、そうだ。予想だにしていなかったのか」
しかし「サッフォー的な趣味」と口にしたところからするとそのような女貴族が出てくる類の小説は読んだことがあるらしい。
「ですが、どんな手荒なことでも受ける覚悟はしていました」
「もし私がエリザベート・バートリのようなことをしたいと言ったらどうする」
エリザベート・バートリとは六百人以上少女を自らの美貌のために虐殺した、ハンガリーの女貴族だ。ドミニクの漆黒の髪、陶磁器のような白い肌、ややつりあがった目つきや同じように黒ずくめの豪華なドレスは残虐なハンガリーの女貴族を連想させた。
「ええと」
「冗談だよ。でもそこまでいかないけどお前さんをみっしり調教してやるよ。まあ殺したりしないから安心していい。まあお前さんは男相手を想定していたわけのようだが、女の私相手でもちゃんと従えるのか」
「はい。あなたにでしたら身も心も捧げていいと、今思いました」
ジュスティーヌの目の光は消えかけていた。ドミニクの一族にはいわゆる催眠の力が先天的に備わっており、狙った相手をある程度催眠術にかけることができる。目の光がうつろになったジュスティーヌにドミニクが唇を近づいてくると、少女はむさぼりついてきた。
「もう催淫が効いたか」
催眠術には望めば催淫効果も併用することができる。少女は息を荒くしていた。
「お好きにどうぞ」
少女がそう言うとドミニクは黄金色の首輪に鎖をつけ、反対側を壁に固定した。しかし少女は先ほど侍女にされた時のように少しも反抗しようとしなかった。
「本気か」
「はい」
ジュスティーヌはそのままベッドの上に投げ飛ばされるが、動揺した様子は全く無かった。
「遠慮なく純潔の証を奪ってください」
「貴様は人形か。従順なのもいいが、無感情というものも困るのだよ。このままだと人形を相手にしているのと変わらん。少しは反抗くらいしたらどうだ」
ジュスティーヌのしゃべり方は異様なくらい機械的だった。ドミニクの持つ催眠の力は強く、猛獣さえも大人しくしてしまうほどであるため、ジュスティーヌをここまで服従させてしまうのも無理は無かったがドミニクは自身の催眠の力の強さに未だ気づいていなかった。
「私は、あなたの忠実な奴隷です」
「では命令だ。反抗してみろ」
反抗しろ、という命令は奇妙に聞こえるかもしれないが、ドミニクは反抗する少女を屈服させることを望んでいた。しかし実際はあっさりと少女は屈服どころか服従してしまった。
「私の身体を使え」
恐る恐るジュスティーヌはドミニクの耳に舌をいれてちろっと舐めてみたが、ドミニクはびくりともしなかった。
「もっとだ」
「それ以上は」
実際は身体が冷たくなり、少女は舌をうまく動かすことができなかったのだが、ドミニクはそれに気づくことはなかった。
「できないのか」
「いや、分かりません」
「そうか、お前さんも生娘か!」
「あの、男性相手にしか知識が無いもので。今までの勉学の成果、全てが台無しです」
「何だと」
ドミニクの脳内に、少女が男性に向けて性的な奉仕をするために本などをたくさん読んで熱心に学んでいる姿が浮かぶ。
「いえ、あなたが男性だとずっと思っていましたので」
「他の男とお前が交わっている姿がこびりついた……くそっ!」
これはまだフランスの通貨がリーヴルやらエキュだった時代のことではない。通貨はフランですらなく、ユーロになっていた。
それゆえ人身売買などありえなかった。しかし彼女は子息によってユーロで買い取られた。建前は援助金という名目で。
少女の名はジュスティーヌといった。きらめく黄金色の髪は絹糸のように風になびき、南国の海のような明るい青い瞳はどこか焦点が合っていなかった。肌は雪のように白く、背はフランス人女性としては小柄で百六十センチに達していなかった。少女は花嫁衣裳のような令息に隷属をあたかも誇示するかの純白のドレスを着ていた。侍女が黄金色の首輪に鎖を取り付けたが、ジュスティーヌは顔色一つ変えず侍女に連れられて城の中に入っていった。
「ドミニク様、ジュスティーヌを連れてまいりました」
侍女はジュスティーヌをドミニクと呼んだ人物の前まで連れて行くと、失礼しましたと言って鎖を外して部屋から出て行った。
「そなたがジュスティーヌか」
ジュスティーヌを見つめていたのは二十代半ばほどの女性だった。髪は黒曜石のように黒く、細かいウェーブがかかっていた。肌は陶磁器のように白かった。実際はジュスティーヌと同じくらいの白さであったが、漆黒の髪のおかげでジュスティーヌよりはるかに白く見えた。瞳は灰色に近い、橄欖石のような緑色だった。
「はい。ドミニクさんはどちらですか」
「私だ。私がドミニクだ」
ジュスティーヌはドミニクによって買い取られることになっていたが、伯爵の子息というのはドミニクのことで、少女の目の前にいる女性こそドミニクだった。
ジュスティーヌはドミニクの慰み者にもなることになっていた。そのため、ジュスティーヌはドミニクという伯爵の子息のいわば愛人のようなものになることを覚悟していた。そしてドミニクは確かに実在し、ジュスティーヌの前に現れた。しかしドミニクは女性だったのである。
フランス語はすぐに人物の性別が分かってしまう言語であるはずなのに、何故ドミニクが女性だと分からなかったのか。なぜならばやり取りは全て英語で取り交わされ、性別が断定できる言葉は極力排除されていたからである。
ドミニクという名前はフランス人の名前としては男女ともにある名前だ。しかし、ジュスティーヌを愛人とするということは男性としか想定しようが無かった。
「あなたのお父様の愛人になるのですか」
伯爵の当主なら、愛人の一人や二人いてもおかしくはない。もしかしてこの女性、ドミニクの父親の名もまたドミニクというのかもしれない、とジュスティーヌは考えた。
「書面のとおり、私につかえてもらう」
女性は「私に」と言った。つまり書面に書いてあったドミニクとは彼女のことで間違いなかった。
「ええと、書面にはドミニクさんの一切のお世話を、時には性的な慰み者にもと書いてありましたが……あの」
「そなたが言ったとおりだ」
「あの、どういう意味ですか」
「だからそなたが言ったとおりの意味だ」
「ドミニクさん、あなた……女性ですよね」
どうやらジュスティーヌにとってその考えは想定外だったようだ。
「相手の仕方が分からないのか。そんなもの教えてやるといいつつ、私も処女なわけでね……まあ、想像だけは熟練しているよ」
「つまり、要約すれば、あなたはサッフォー的な趣味をお持ちということで」
サッフォーとは古代ギリシャの女詩人で、レスボス島(現在ではミティリニ島ともいう)で少女たちを囲んでいた人物であり、いわゆる「レズビアン」の語源になった人物である。つまりドミニクは男ではなく女性を好んでいた。
「まあ、そうだ。予想だにしていなかったのか」
しかし「サッフォー的な趣味」と口にしたところからするとそのような女貴族が出てくる類の小説は読んだことがあるらしい。
「ですが、どんな手荒なことでも受ける覚悟はしていました」
「もし私がエリザベート・バートリのようなことをしたいと言ったらどうする」
エリザベート・バートリとは六百人以上少女を自らの美貌のために虐殺した、ハンガリーの女貴族だ。ドミニクの漆黒の髪、陶磁器のような白い肌、ややつりあがった目つきや同じように黒ずくめの豪華なドレスは残虐なハンガリーの女貴族を連想させた。
「ええと」
「冗談だよ。でもそこまでいかないけどお前さんをみっしり調教してやるよ。まあ殺したりしないから安心していい。まあお前さんは男相手を想定していたわけのようだが、女の私相手でもちゃんと従えるのか」
「はい。あなたにでしたら身も心も捧げていいと、今思いました」
ジュスティーヌの目の光は消えかけていた。ドミニクの一族にはいわゆる催眠の力が先天的に備わっており、狙った相手をある程度催眠術にかけることができる。目の光がうつろになったジュスティーヌにドミニクが唇を近づいてくると、少女はむさぼりついてきた。
「もう催淫が効いたか」
催眠術には望めば催淫効果も併用することができる。少女は息を荒くしていた。
「お好きにどうぞ」
少女がそう言うとドミニクは黄金色の首輪に鎖をつけ、反対側を壁に固定した。しかし少女は先ほど侍女にされた時のように少しも反抗しようとしなかった。
「本気か」
「はい」
ジュスティーヌはそのままベッドの上に投げ飛ばされるが、動揺した様子は全く無かった。
「遠慮なく純潔の証を奪ってください」
「貴様は人形か。従順なのもいいが、無感情というものも困るのだよ。このままだと人形を相手にしているのと変わらん。少しは反抗くらいしたらどうだ」
ジュスティーヌのしゃべり方は異様なくらい機械的だった。ドミニクの持つ催眠の力は強く、猛獣さえも大人しくしてしまうほどであるため、ジュスティーヌをここまで服従させてしまうのも無理は無かったがドミニクは自身の催眠の力の強さに未だ気づいていなかった。
「私は、あなたの忠実な奴隷です」
「では命令だ。反抗してみろ」
反抗しろ、という命令は奇妙に聞こえるかもしれないが、ドミニクは反抗する少女を屈服させることを望んでいた。しかし実際はあっさりと少女は屈服どころか服従してしまった。
「私の身体を使え」
恐る恐るジュスティーヌはドミニクの耳に舌をいれてちろっと舐めてみたが、ドミニクはびくりともしなかった。
「もっとだ」
「それ以上は」
実際は身体が冷たくなり、少女は舌をうまく動かすことができなかったのだが、ドミニクはそれに気づくことはなかった。
「できないのか」
「いや、分かりません」
「そうか、お前さんも生娘か!」
「あの、男性相手にしか知識が無いもので。今までの勉学の成果、全てが台無しです」
「何だと」
ドミニクの脳内に、少女が男性に向けて性的な奉仕をするために本などをたくさん読んで熱心に学んでいる姿が浮かぶ。
「いえ、あなたが男性だとずっと思っていましたので」
「他の男とお前が交わっている姿がこびりついた……くそっ!」
作品名:ジュスティーヌは何をもたらすか 作家名:François