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凌霄花 《第四章 身をつくしても…》

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〈03〉 夫婦



『早苗……』

 優しい声がした。
今までそれはすべて夢の中で聞けるものだった。
 目を開けると彼は消え、辛い現実に引き戻される。

 しかし、勇気を出して恐る恐る目を開けてみれば、彼は消えずにそこに居た。

「早苗」

 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた彼。
 頬に優しく触れる彼の手に、自分の手を重ねた。

「助三郎……」

 そのとたん、一気に早苗の目は覚めた。
声が低すぎる。彼の手が自分の手に難なく収まる。

 すぐさま飛び起き、彼から身体を離した。
しかし、助三郎は離してはくれなかった。

「どこへ行く!? どこへも行くなって言っただろ!?」

 馬鹿力で引き留める彼に早苗は声を張り上げた。

「助さん、目を覚ませ! 俺今男だ!」

「そんなの知ってる! それに目なんかとっくに覚めてる!」

「は!? お前、自分が何してたかわかってるのか!?」

 その時、無断で部屋の障子が開いた。
早苗は助三郎の手を振り切り、布団の中に姿を隠した。

「助さん。早苗に言いつけるわよ」

「は?」

「格さんと浮気したって」

 助三郎は怒らなかった。
由紀が何とも言えない悲しそうな眼をしているのを見てしまったのだった。
 笑顔で冗談交じりに体よく彼女をその場から遠ざけた。

「格さんとの仲は早苗公認ですからお構いなく。すみませんが由紀殿、朝餉の支度をお願いできますか?」

「つまんないわね! わかったわよもう!」

 再び二人きりの部屋になった。
早苗は布団の中から出てこない。

「……ごめん、また戻れない。やっぱり秘薬が強すぎた」

 昨晩、夫に戻してもらうまで、もとの姿に戻れなかったのだ。
今朝再び男の姿になっている。
 このままでは夫婦の生活に支障が出る。

 落ち込む彼女の耳元で、助三郎はささやいた。

「気にするな。俺はお前の魂を愛してるんだから……」

 早苗の顔にカッと血が上った。
そのおかげか、勝手に元の姿に戻った。

「それこそ衆道よ、助さん」

 そこへまたも由紀が。
朝餉の支度ができたらしい。

「地獄耳なうえに支度がお早いようで……」

 怒る早苗をなだめ、由紀に頭を下げた。

「由紀さん、俺には好きなだけなに言っても構わない。でも、早苗と格さんはそっとしておいてほしい。頼みます」

 由紀は泣きそうな顔になったが、ぐっとこらえた。

「はい、朝御飯。終わったら台所に持ってきて」

「ありがとう」

 早苗も由紀の様子に気づいた。

「あの子様子がおかしいけど、どうしたの?」

「……与兵衛さんとの話、聞かれたかもしれない」

「どんな話?」

「後で話す。それより朝飯だ」




 だれにも邪魔されずに朝食を取った後、助三郎は懐からあるものを取り出し、早苗の前に置いた。

「これ……」

 彼女は青ざめた。
それは、助三郎の生霊に突き返した櫛。
 やはり、あれは本物だったのだ。

「……もう一度、受け取ってくれるか?」

「はい」

「それと、これも」

 助三郎は揃いの柄の玉簪を差し出し、さらに言葉を続けた。

「俺が死ぬまで、俺の妻で居てほしい」

 早苗は頷いた。
助三郎は手ずから櫛と簪を彼女の髪に差した。

「早苗。愛してる……」

 離れていた時間を取り戻すかのように、溝を埋めるかのように、長い長い口づけを交わした。





 それから二人は互いに離れていた間の話をした。
 お互いに包み隠さず話そうということになったが、早苗はどうしても自害未遂をしたことを話すことができなかった。
 そして、一通り話し終わった後、助三郎からある頼みごとをされた。
 それは早苗を自害未遂まで追いやった、一つの原因であるあの女の処分。

「……弥生の処分をわたしに?」

「そうだ。お前に任せようと思ってずっと投獄してある」

「なんで?」

「あの女は、大叔父と結託し、俺と早苗に精神的苦痛を与えた」

 その通りだった。
そのせいで早苗は溺死しかけ、家出し、最終的に自害未遂を起こしたのだった。

「どんな処分でも構わない。でも、無罪放免はダメだ」

「なんでも、いいの?」

「あぁ。もし早苗が帰ってこなかったら、早苗殺害の罪をなすりつけ死罪にしてやろうと思っていたくらいだからな」

 早苗は『死罪』というその言葉にゾッとした。

「いくらなんでも死罪はやり過ぎよ」

「わかってる。でも、早苗。俺はそれくらいお前が大事なんだ。それと同時に、殺したいぐらいにあの女が憎いんだ」

「一番良い処分を考えるから、もうそんな怖い顔しないで」

 大叔父を手に掛け、生霊になり、罪人を死罪へ……
それほどまでに自分を愛してくれる夫に感謝もしたが、同時に恐ろしさも感じた。
 己の身の振り方が夫の人生を左右する。


 穏やかな表情を取り戻した助三郎

「こんな話したあとに、なんだが……」

「なに?」

「今夜……」

 その続きを待った。
しかし、またしても邪魔が入った。

 どこからかクロが心配して泣き騒ぐ声が聞こえてくる。
急いで部屋を出て見れば、由紀が台所で倒れていた。

「由紀!? 大丈夫!?」

 駆け寄る早苗に、由紀は精一杯笑顔で答えた。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと、目眩がしただけだから」

 途端、早苗は顔をしかめた。

「酒臭い…… どれだけ飲んだの?」

「ほんの少しよ。ほんの少し!」

 しかし、様子を見る限り、ほんの少しではなさそうだった。

「部屋で寝かせよう。早苗、布団敷いてくれ」

 由紀を持ち上げた助三郎だったが、妙に重いことに違和感を感じた。

「あれ? こんなに重かったか……」

「うるさいわね! あんたの女の方が軽いに決まってんだろ!」

 悪態をつく由紀に驚きつつ、急いで布団に寝かせた。
すぐに眠ってしまった彼女を置いて、二人は部屋に戻った。

「大丈夫かな?」

 親友を心配する彼女のそばで助三郎は違うことを考えていた。
いままであのような悪口を聞いたことがない。
 あれは酒のせいなのか?

「由紀さんって酒癖悪いのか?」

「ううん。弱いだけよ」

「そうか……」

 どこか引っかかるものがあったが、すぐに忘れて助三郎はニヤッとした。

「弱いっていっても、それは、お前の基準でか? それとも一般人の基準でか?」

「一般人! もう、人を飲兵衛みたいに言わないでよ!」

「飲兵衛じゃないさ。でも、早苗と格さんはまちがいなく水戸一強い」

「違うわよ!」

「違わない! そのうち落ち着いたら格さんとさしで飲みたい。よろしく言っといてくれ」

「はいはい……」


 こうしてその夜は、何事もなく過ぎて行った。
しかし、助三郎が今後毎晩早苗と同じ布団で寝るという宣言をしたので、早苗は満足した。
 もっと落ち着けば、そのうち……
 期待を胸に、眠りについた。





 次の朝、目覚めた早苗は姿が女のままということに安堵した。
そして、いまだ気持ち良さそうに眠る夫の寝顔を見てから、由紀が使っている部屋へと向かった。

「由紀、気分どう?」

 外から声をかけたが、返事はなかった。

「入るわよ」

 しかし、部屋の中に彼女の姿は無かった。