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凌霄花 《第四章 身をつくしても…》

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〈01〉 夢


夢の中で、見慣れた水戸の自宅近くをあてもなく助三郎は歩いていた。 
日差しは暖かく、心地よい風が時折頬をなでる。

 近頃見ていたのは悪夢ばかり。
こんな穏やかな夢は久しぶりだった。

 そのまま歩き続けていると、彼の横を、男の子が走りぬけ、女の子がその後を追いかけていた。

 鬼ごっこでもしているのだろうか。

 思わず笑みを浮かべていた。
 しかし、次の瞬間驚き固まった。

『助三郎さま!』

 女の子は間違いなくそう叫んだ。
しかし、その子が見ていたのは、助三郎ではなかった。
 先程走って行った男の子だった。
 彼は振り向き、怒鳴り声を上げた。

『うるさい! 来るな!』

 それは子どもの頃の自分。

 もしや、この女の子は……

 恐る恐る近づき見れば、予想通り幼いころの早苗だった。

『なんですぐ怒鳴るの!?』

 膨れっ面。その顔を見て思わず吹き出した。
 一方、子どもの助三郎は顔を赤くしてまたもや怒鳴った。

『来るなったら来るな! お見送りなんかいらないんだよ!』

 早苗にそっぽを向け、走って行った。
しかし彼女はめげずに手を振っていた。

『お仕事頑張ってね!』

『うるさい!』

 手を振る健気な幼い頃の妻。
酷い振る舞いばかりの幼いころの自分。

 その姿に今の己を重ね、悔いた。

『……すまん、早苗』

 愛した妻はもう居ない。

 やはりこれは優しい夢ではなかった。
 自分への戒めだったのだ。

 一人さめざめと泣いていると、気になったのだろうか、早苗が心配そうに近寄ってきた。

『……おじさん、どうしたんですか?』

 初めて聞く呼称と、早苗に声をかけられたことに驚き、泣くのをやめた。

『……おじさん?』

『おじさん』

 さも当然といった顔で見上げてくる早苗。
まだ若いと自他ともに認める彼に『おじさん』は勘弁願いたい呼び方だった。

『……おじさんはきついな。せめておにいさんって呼んでくれないかな? 早苗』

 助三郎はしゃがみこみ、幼い早苗と目線を合わせた。
子供の可愛い顔が、困惑した表情を浮かべた。

『わたしの名前知ってるの?』

『あぁ。知ってる』

 戸惑ったままの早苗。

『おにいさん、この辺でお見かけしませんが、ここの人ですか?』

『あぁ』

『お名前は?』

『佐々木助三郎』

『……御親戚ですか?』

 さらに困惑した様子の早苗。
しかし、彼女は信じてくれると願って真実を話した。

『俺は、早苗の幼なじみの助三郎だ』

『でも、でも! さっきお仕事行ったのが助三郎さまです!』

 困惑しきった早苗は口早にそう言った。

『あれは…… 子どもの時の俺みたいだな』

 何でもあり得るのが夢。
夢だとわかっている助三郎には自分が二人いても、時代をさかのぼっても何の不思議もなかった。
 そして、人ならぬものが見える早苗ならばこのことをきっとわかってくれるはずだ。
 そう思った。

『……じゃあ、おにいさんは、大人になった助三郎さまで、先の時代から来たってことですか?』

 柔軟な彼女に助三郎は安堵した。

『そういうことだ』

 しかし、彼女はまだ一抹の不安があったようだ。

『……でも、本当におにいさんは、助三郎さまなの?』

 疑わしい目で見られ、助三郎は苦笑した。
無理もなかろう。
 さっき散々怒鳴り散らした子どもが、目の前に大人の男の姿でいるのだ。
 普通なら信じない。
 しかし、笑った顔が見たい彼はあきらめなかった。

『じゃあ…… 俺と早苗しか知らないこと、話そうか』

『なに?』

 助三郎は懐に手を入れた。
 そこには、早苗に贈ったあの櫛と先日買った簪が入っていた。
 それをそっと触った後、助三郎は早苗の眼を見た。

『お前が足を怪我したとき、俺はお前を負ぶって帰った。その時、道端に生えていた花を髪にさしてやった。その花の色は……』

 早苗がその先を続けた。

『白』

 これで疑わしい表情は消える。
 期待した。

『……信じてくれるか?』

 目を輝かせ、自分を見つめる少女がそこにはいた。

『……やっぱり、助三郎さまなんだ』

 助三郎は安心と幸せを感じるとともに、猛烈な絶望感にも襲われた。

 いずれ帰ってくる格之進。
 彼は早苗を消し、身も心も本当の男になって帰ってくる。
 彼の中に早苗はもういない。

 彼が本物の男であれば……

 そう願ったことは何度もあった。
しかし、早苗が居てこその彼だった。
 男になった彼はこんな眼で自分を見てはくれないだろう。
 『助三郎さま』と優しく呼んではくれないだろう。
 最後に夢でいいから、呼んでもらいたくなった。

『早苗……』

『なに?』

『俺の名前、呼んでくれないか?』

 そんなことは容易いと、彼女は笑顔で口にした。

『助三郎さま』

『ありがとう……』

 余韻に浸ろうとした矢先、違う女の子の声が飛び込んできた。

『早苗! お稽古遅れるわよ!』

『あ、由紀!ちょっと待ってて! あのね、今からお稽古なの、もう行かないと』

 早々に別れが訪れた。

『そうか、頑張れよ』

 助三郎はそっと彼女の頭を撫でた。
最初驚いた表情を浮かべていたが、恥ずかしそうに頬を赤らめ頷いた。

『頑張る』

『早苗! なにやってるの? 早く行くわよ!』

『もう行くね』

 早苗は去った。
遠ざかっていくその姿を、助三郎はいつまでも眺めていた。
 最愛の人に会えた喜びで彼の心は満たされていた。


 再びあてもなく歩き始めると、またもや早苗に会った。
さすがは夢の中である。

 しかし、今度の彼女は泣いていた。

『早苗、どうした!?』

 驚いて駆け寄ると、彼女は顔を上げた。

『あ、大きい助三郎さま……』

 また違う呼び方。
苦笑したが、『おじさん』より『おにいさん』よりずっといい呼び方だった。

『大丈夫か? 誰かに泣かされたのか?』

 そう聞くなり、彼女は余計に泣いてしまった。

『俺でよかったら話してくれ。泣かせたやつ、懲らしめてやるから』

 助三郎はふと思い出した。
幼いころ、彼女を泣かせた度にすっ飛んできたある人物を……
 しかし、そんなことは今どうでもよかった。
 今はこの場は自分が守りたかった。
 現実で守れなかった彼女を。

『ムリ…… だって、悪いのはわたしだもん……』

『……なんで?』

『お弁当、もってったの。助三郎さまのお母上さまに許してもらって…… でも、不味いからもういらないって突き返されたの……』

『どれ?』

 助三郎は早苗の膝の上の弁当包みを確認した。中は綺麗さっぱりなくなっていた。
 幼い自分は全部食べたのだ。

 彼は思い出した。
 おいしく食べたにもかかわらず、何を血迷ったが口から出したのは礼の言葉ではなく貶し文句だったこと。
 突き返したせいで、早苗は二度と弁当を持って来てくれなかったこと。
 己の馬鹿さ加減を呪いたくなっていた。

 しかし、己を責めても仕方がない。
 もう終わったこと。

『きっと不味くて全部捨てたのね……』

 空っぽの弁当箱を見て早苗はまた泣き出した。
あわてた助三郎。