皮肉
「お婆さんの御見舞いに行くの」
赤頭巾は痩せた指にいっぱい花を摘みながら、狼に背を向けたまま言いました。
油の抜けた前髪が顔を覆っているので、表情はよく見えません。
「その花はお婆さんにあげるの?」
「ええそうよ。」
「おかあさんに言われたのかい、摘んでけって。」
「まさか。一刻も早く帰って来いって。」
「…じゃ、寄り道?」
「まごうことなくね」
手の届く範囲の花を摘み終わったのか、赤頭巾は立ち上がり、
そのままふらりとよろけて草の上に倒れました。
まさかそのまま倒れるとも思わなかった狼は少しびっくりして、赤頭巾を助け起こしました。
「…大丈夫?」
赤頭巾の額から目元にかけて大きな痣が出来ています。少し殴られたくらいでは、こんな大仰な痣は出来ないでしょう。執拗に、何度も、強い力で叩かれなければ。
息がなかなか整わない赤頭巾の痩せた胸を、狼は爪で引っ掻かないように手の甲で出来るだけ優しく撫でます。
「ほんとは御見舞いのお菓子なんか、私が食べてしまいたいのよ」
「ご飯食べてないの?」
「ご飯もお菓子も、何にもね。ここ一週間ばかり。
ああでもこっそり夜中に水は飲みに抜け出したけれど、見つかって大変だったんだから」
皮肉に笑うと、血の気の引いた顔で、赤頭巾はバスケットを指差しました。
骨ばった指はすでに老人のようで、乾いています。
「おかあさんは、きっと狼はお菓子の匂いに釣られて出てくるって言ってたけど、
あなた、あの匂いに釣られてきたの?」
「まさか」
「何が入っているか、おかあさんに聞いた?」
「バターと胡桃とレーズンのたっぷり入ったケーキに、今年のできたての赤ワイン。それから甘あい蜂蜜が一瓶。」
「そうなんだ。そいつは魅力的だね。」
バスケットの中からは、干からびたパンの匂いしかしません。
いくら自分も三日も何も食べてないとはいえ、狼としてそこまで落ちぶれようとは思わないのです。
しかしながら、赤頭巾の目が皮肉に笑っているという事は、きっとそんな物ははいっていないと知っているのでしょう。
「…何か食べたいかい?」
「当たり前よ。私はまだ生きていたいもの。」
狼は、年の割に貧相で、鶏がらみたいになった体を抱えなおすと、立ち上がりました。
ふと、足元を見ると、さっき摘まれていた、今は足の下でぐしゃぐしゃになった哀れな花が潰れています。
べたべたとした汁がついて気持ち悪くて思わず脛に擦り付けると、硬い岩をも踏みなれた足の裏から奇妙な痛みが走りました。針の山に立つ様な、かゆみを伴う痛みです。じわりじわりと固くなった筈の皮膚から小さな小さな針が体内に侵入する様な、嫌な気持ちになりました。
「…この花、おばあさんにあげるはずだったんだよね?」
「そうよ」
「何をあげる気だったの?」