蛍
そして、さらに、源氏が源氏ボタルに、平家が平家ボタルに転生した様に、彼ら暮家も暮家ボタルとして、現代社会に転生していた。
しかし、今、彼らは、滅びようとしている。このひっそりとした山間で。
「ほら、お父さん、夕飯が出来ましたよ」
暮家ボタルのミツ子が、寝たきりの父を起こす。
「いつもいつも済まないねぇ」
父が薄っぺらい布団(何でできてるんだ?)をめくりながら、言った。
「お父さん、それは言わない約束でしょ」
ミツ子は、そういってお盆を置くと、父の目をヒタリと見つめた。その瞬間、その瞳から、温かみというものが消える。
「約束を破った以上、お仕置きをしないとねぇ」
父は、後ずさった。
「いや、これは、感謝の意を表しているのであって……、いや、ちょっと待って、やめて、……」
自主規制、1分21秒。
「お、お父さん、酷い、誰がこんなことを?」
ミツ子は父を抱きかかえた。
「ミ、ミツ子さんじゃあ、ないのかい?」
「私が、こんなことをするわけないでしょう?」
「そ、そうかい。どうやら、わしは、怖い夢を見ていたようだ」
「私が来たからもう大丈夫ですよ」
「ときに、ミツ子さん、飯はまだかい?」
「何を言っているのお父さん? 今、食べたばかりでしょう。ほら、こんなに、食べ散らかして……」
父が周りを見渡すと、確かに、目を覆うばかりの惨状だが……。
「これ、食べ散らかしたって言うより、誰かが暴れたって感じだが?」
「本当にどうしようもないお父さん。……お仕置きが必要ね」
ミツ子の目に、再び、先ほどの光が宿る。
「えっ? ちょっと、待とうか、ミツ子さん、……、いや、落ち着いてー、……」
自主規制、2分3秒。
「ただいまー、いやー、夏は、やっぱり、ハワイだね。おや、父さんもミツ子も元気そうで、何よりだ」
そのとき、陽気に帰って来たのは、一人息子でミツ子の夫の一郎だった。
「お前の目には、そう映るのか?」
父が言う。
「あなたお帰りなさい」
父にかけたコブラツイストをほどきながらミツ子が言った。
「今度は、ハワイに行ってきたのか」
ミツ子の入れた茶をすすりながら、父が言った。
「ああ、夏は、ワイハっしょ」
「時差ボケを維持するためとはいえ大変ね」
ミツ子が、ため息交じりに言う。
「俺には、まったく、ボケの才能がないからね。努力だけで手に入る時差ボケを常にしているしかないのさ」
一郎が、遠い目をしていう。
「おっと、いかん、こうしている間にも、時差ボケが治ってきてしまった。行ってきます」
「あなた、殺虫剤に気を付けてね」
「はっはっはっ、おまえこそ、『異種生物への色ボケだ~!』って、カエルに色仕掛けして食われそうになったって? 色ボケなんかしなくても、お前は天然ボケだよ!」
「……、なんやと? こら? 誰が天然ボケやねん? おい、ジジイ、それ、話すなって、口止めしたよな?」
ミツ子の目が、完全に座っている。怪しい光をはらんでいる。
「どぉなるか分かっとるよな」
暮家ボタル、彼らは、今、絶滅の危機に瀕している。