ぶどう畑のぶどうの鬼より
6 蛍
害虫騒ぎも
かたづいて
村じゅうが
祭りみたいに
浮かれたあの夜
「田舎のくせに
ここに来てから
蛍1匹 見たことない」と
むくれたおまえが
やぶから棒に
言った夜
どこに目を
つけてるんだと
言い返すのも
アホらしくて
手首つかんで
引きずって
裏山の
池のほとりに
そのままおまえを
連れて行った
俺がひとりに
なりたいときに
行く場所だ
夜更けなのに
空も森も
池も土も
白々と
薄明るくて
あたり一面
夏の匂いが
満ち満ちてた
あの景色
おまえにだったら
見せてやっても
惜しくなかった
俺が両手に
包んだ蛍
まんまるい目で
おっかなびっくり
覗きこんで
子どもみたいに
声上げたっけ
上気した
おまえのほっぺた
黄色いほのかな
蛍の明かりに
照らされて
見とれるほど
可愛かった
手に提げてきた
ペットボトルの
自家製ぶどう酒
交代で
ラッパ飲みしながら
あたり一面
降りしきる
虫の音の
勉強会
キリギリスはおろか
ヒグラシも
スズムシも
まったく区別が
つかないおまえ
そしてとどめに
「コオロギなんか
ソウルだったら
1年中鳴いてるもん」と
言ってのけたのには
恐れ入った
「コオロギは
秋に鳴くんだ!」
四の五の言うな
おまえが
泣こうがわめこうが
こればっかりは
譲れない
だけどあのとき
すねたおまえの
横顔に
心の中で
俺は言ってた
知らないってのは
恥ずかしがるような
ことじゃない
知るチャンスが
それまでなかった
だけのこと
責められる
筋合いは
ないもんな
何かを初めて
目にしたときに
怖がったって
恥じゃない
心が自然と
感じる怖さは
人間 誰しも
皆同じ
理性でどうなる
もんじゃない
それより何より
知らない何かに
出くわして
むやみに毛嫌い
するような奴
そんな奴こそ
俺はいちばん
虫が好かない
昔から
そう思ってた
毛嫌いするって
はなからそれを
無視して
侮辱するってことだろ?
だからおまえが
そんなイカれた
奴じゃないのが
嬉しかった
蚊に刺されても
部屋にゲジゲジが
這ってても
飛び込んで
隠れた甕に
大きなカエルが
ひそんでても
おまえは
ひとしきり
大声あげて
ありったけ
毒づいて
そのあとは
見てるこっちが
拍子抜けするほど
あっという間に
ケロッとしてる
まだまだ
上機嫌にとは
言えないが
その日の仕事に
納得したら
潔くて
手を抜かない
来てふた月も
たたないのに
いつの間にやら
木と言わず
草と言わず
石と言わず
もちろん憎っくき
虫と言わず
のべつまくなし
話しかけながら
仕事する
そして今
人によっちゃあ
雑音でしかない
虫の音に
目を閉じて
聞き惚れて
名前は何だと
俺をせっつく
畑仕事も
それ以上に
こんな田舎も
おまえは
毛嫌いしなかった
俺が言うのも
何だけど
おまえなんて
今どき珍種だ
けったいな奴
「幸せだから
このまま時間が
止まればいい」と
知らない世界に
体当たりで
飛び込んでくる
初めのうちこそ
おずおずと
だけど今じゃ
楽しげに
その度胸だけは
見上げたもんだ
褒めてやるよ
おまえの横顔
見ながら俺は
とりとめもなく
そう思ってた
蛍に酔って
ぶどう酒にも
さんざん酔って
千鳥足で
足をくじいた
おまえをおぶって
せがまれるまま
歌って歩いた
帰り道
他の男に
惚れてると
わかってながら
俺は背中に
おまえを乗っけて
蛍がくれた
夢かうつつの
ひと時に
浮かれるかたわら
気が重かった
いっそこのまま
家になんか
着かなきゃいいと
考えながら
気が重かった
もしもおまえの
頼みだったら
俺はきっと
一晩中でも
おぶったまんま
裏山じゅう
歩き回った
次の朝
俺がいなくて
師匠とふたり
心配したって
あとから聞いた
夜明け前に
薬草採りに
出かけたんだ
くじいて腫れた
おまえの足が
少しでも早く
治ってほしくて
いやちがう
半分ほんとで
半分嘘だ
ベッドで寝てても
苦しくて
夜も明けないのに
起き出した
おぶったおまえの
体温が
腕に残って
消えなくて
歌 口ずさむ
無邪気な横顔
あどけない声
目に耳に
こびりついてて
自分で自分に
嫌気がさした
足がきちんと
治るまで
家から出るなと
しつこく釘は
刺したけど
毎朝1人で
長ぐつをはく
ここ2・3日
3度の飯より
好きな畑に
行くのが
やけに憂うつで
その憂うつに
また腹が立つ
作品名:ぶどう畑のぶどうの鬼より 作家名:懐拳